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第二十五章 二人の姉妹  4.献策

 ユーリの解説を聞いたアドンは、察しの良いところを見せる。



「……先手を打ってパパス芋の栽培に手を着けろと?」

「何も今すぐ大規模な栽培を始める必要はありません。隣国の難民を()(なず)けて、栽培の方法や今回の()(きん)についての情報を集めるだけでも違うと思います。要するに、この国の食糧事情を改善するに当たって、パパス芋は無視できないという事です。恐らくですが、僕と同じような判断をする商人も出てくると思います。彼らが躊躇(ためら)うとしたら理由は一つ。今回発生したという病害でしょう」

「それじゃ。(わし)ら農民からすれば、病害が発生すると判っておる作物なぞ、手を出すのは躊躇(ためら)われるのじゃが」

「作物の病害はパパス芋に限った話ではありませんよ?」

「だが、今回の病害は、隣国の農民たちにも手に負えないほどのものだったのだろう?」

「そこの解釈が問題です。まず第一に、彼らが上手く対応できなかったのは、未知の病害だったからでしょう。と、いう事は取りも直さず、疫病の発生は滅多に無い出来事だったという事です」

「「ふむ」」

「次に、彼らが難民化したのは、病害とは直接には無関係です」

「「――何?」」

「と言うか、彼らの油断と(おご)りです。パパス芋だけに頼らず、他の作物も(あわ)せて栽培していれば、ここまでの問題にはならなかった筈。まぁ、逆に言えばこれは、パパス芋だけに頼るほど、作物として優秀であった事の裏返しでしょうけど」

「「ふぅむ……」」



 二人が考え込んだのを見て、ユーリは話を続ける。



「パパス芋への不信感が根強いこの国では、仮に栽培に成功したとしても、しばらくの間は販路が期待できないでしょう。しかし、それはそれで、パパス芋に偏見のない人たちがいるわけです。折しもパパス芋の不作に悩んでいるであろう人たちが……病害が発生した土地で、再びパパス芋の栽培に着手するかどうかは疑問ですしね」

「……隣国(フルスト)へ輸出しろというのかね……?」

「他にも、難民たちをパパス芋の現物支給で雇うとか? 今なら技術を持った人間もすくい(・・・)放題ですよ?」



 「救い」なのか「(すく)い」なのか判らないような発音で、ユーリは話を()(くく)った。



 しばらく考え込んでいた二人であったが、やがてオーデル老人が顔を上げて質問する。



「ユーリ君……芋の疫病がこの国に入ってくる可能性は……?」

「現状で隣国との間の往き来に何の制限も加えていないようですからね。無いとは言えないでしょう」



 ユーリの言葉に、今度はアドンが問いを放つ。



「対策は?」

「完全な鎖国は無理でしょうから、作物は()く洗って、土を落としてから持ち込むようにする事ですね」

「土? 病毒は土にあるのかね?」

「とは限りませんけど、芋に付着しているものは何であれ洗い流しておいた方が良いでしょう」



 そう言いながらユーリは、もう一つの可能性を指摘しておく。



「一つの可能性ですが、問題の病毒はこの国にもあるのかも知れませんよ? ただ、隣国と違ってパパス芋の大規模栽培を行なっていないために、被害が顕在化していないのかも」

「だとすると……この芋を栽培する事は、寝た子を起こすような事にならんかね?」

「どんな子だろうと、起こす必要がある時には起こすべきでしょう。そのための備えをしておけばいいだけです」

「「ふむ……」」

「あとは、パパス芋の種芋を入手しても、最初のうちは畑ではなく鉢か何かで、一つずつ離して育てるべきですね。万一の時に病害が広がらないように。もしも病害が発生したら、即座に土もろとも消毒して下さい」

「「消毒?」」



 こちらでは、土を消毒するという概念は無いらしい。



「あ~……え~と……火魔法で株全体と土を()いて、日光に(さら)して浄化すれば良いと思います」

「「なるほど」」

「あと、パパス芋は肥料を欲しがりますけど、無闇に与えてひ弱に育つと病気に(かか)り易くなると思いますから、注意して下さい」

「「ふむ……」」

「こういった事を考えても、少なくとも病害の情報を集めておく事は重要でしょう。幸か不幸か、今なら情報を集める事はそう難しくありません。隣国からの難民なら、ほぼ全員がその被害者でしょうから」

「……確かに……早く正確な情報を握っておくのは商人の常識だ……。解ったよユーリ君、手始めに難民たちから情報を集めてみよう」

「救済小屋のようなものを開けば、他の商人に怪しまれずに話を聞き出せると思いますよ。あの子たちをそこへ手伝いに()れば、難民たちも気を許してくれるでしょうし」

「……その歳で、()くもそこまで知恵が回るものだ……ありがとう、参考にさせてもらうよ」



 納得して引き下がった様子のアドンに代わって、今度はオーデル老人が口を開く。



「ユーリ君……その、残った芋はどうする気かね?」

「僕が栽培してみますよ。万一の事を考えると、エンド村に持ち込むのは避けた方が良いでしょう。僕のところなら、被害が出ても限定的でしょうし」

「……どっちかと言うと、そちらの方が被害が大きいような気もするんじゃが……」



 ユーリの畑を見た身としては、あの畑が全滅するというのは悪夢である。



「いえ、他の作物には恐らく影響が出ない筈です。大丈夫ですよ」



 それなら自分たちの村でも同じではないかと言いたくなるが、万一の場合に被害を受ける人数を考えたら、確かに村には持ち込みにくい。それにユーリの事だ、何か策でもあるのだろうと、老人は納得する事にした。

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