第二十五章 二人の姉妹 3.飢饉
サヤとセナの姉妹が暮らしていたのは、隣国フルストの僻地の寒村だったらしい。そこでは村中総出でパパス芋を作っていたという。これは彼女たちの村だけでなく、近郷近在の村はどこでもパパス芋に頼って生活していたらしい。
「栽培する上で少し気を付ける事はありますけど、栄養豊富で作り易い作物ですから。小麦の栽培に向かない狭い痩せ地でもそれなりに育ちますし、特別な農機具も要りませんしね。色んな意味で理想的な作物でしょう」
他国――ここリヴァレーン王国の事らしい――に売りに行った者が上手く売れずに帰って来た事はあったが、別に無理して売る必要も無いと、村の者たちは暢気に構えていたらしい。パパス芋さえあれば自分たちは生きていける。小麦も他の換金作物も不要ではないか。
……その理想郷が崩壊したのが、数年前の事らしい。
「サヤの話では、長雨が続いて冷え込んだ年に、突然パパス芋が枯れ始めたそうです。黒く腐ったようになって、あっという間だったと」
瞬く間に村の畑が全滅し、他に作物を作っていなかった村人たちは飢える事になった。悪い事に、この疫病は近隣一帯に広がっており、大勢が村を捨てて難民化する事になったという。
アドンもオーデル老人も目を瞠って聞いているが、元・地球人であったユーリには、思い当たる事例があった。ジャガイモの疫病によって国民の多数が餓死する事になった、アイルランドの大飢饉である。あの時はヨーロッパ全土にジャガイモの疫病が拡がり、特にジャガイモへの依存が高かったアイルランドで多数の死者を出した。その話については前世の有理も読んだ事があったのだ。
「種芋まで食べる羽目になったため、翌年の植え付けもできず、栄養失調で弱った身体では満足に農作業もできず……」
「村を捨てた……そういう事かね?」
「バラバラに町を目指したそうですが、いきなり大勢に押しかけられた町の方でも対応に困ったようです。特に余っていたわけでもない仕事を元々の住民と奪い合う形になり、食糧事情も悪化して、難民に対する反感が強まり……後はよくある話ですね。違っていたのは規模です」
あちこちの町で食糧が不足した結果、周辺の農村への搾取圧が高まり、そのせいで却って村を捨てる者が出始め……
「難民が増えて食糧生産が減るんですから、社会として存続していけません。そのしわ寄せがあちこちに……」
「待ってくれ、ユーリ君。今、我々が直面している食糧不足というのは……」
「隣国の凶作に端を発したもの……少なくとも、それが一因となっている可能性はありますね」
むぅ……と、腕を組んで考え込むアドン。これは中々に大きな話だ。この情報それ自体、話の持って行きようでは、色々と役には立つだろう。しかし……耳寄りな金儲けの話とは、これの事なのか?
そんな不審の念が顔に表れていたのだろう。ユーリは苦笑して話を続ける。
「まぁ、ここまでの話は、いわば前段です」
思わせぶりにそう言うと、ユーリはちらりとアドンを見ながら話を続ける。
「サヤの話から、飢饉の状況を整理してみます。町に出た時に大人たちの話していた内容や、会話の端々に出てきた言葉の訛りなどから察したようです」
頭の良い子ですよね、と言いながらユーリが纏めた内容は……
・サヤの見た限り、自分たちの住んでいた地方以外からの難民は見当たらなかった。
・難民たちは一様にパパス芋の病害を口にしていたが、他の作物の不作については何も言っていなかった。これは、難民以外の者も同じ。
・サヤの知る限りでは、パパス芋は他の地方でも栽培されていた筈である。
・サヤたちが生まれる前から村ではパパス芋を栽培していたが、今回のような疫病が発生した事は無かった。これは他の村でも同じらしい。
・パパス芋の疫病が発生した年は、稀にみる長雨と冷夏であった。
「次に、これらの情報から引き出される内容ですが……」
・飢饉の範囲は限定的なようで、遠からず終息する可能性が高い。従って、今後は食料品の売り時買い時を間違わないように注意するべきである。
・パパス芋の不作だけで相当数の農民が難民化した。逆に言えば、パパス芋だけでそれだけの数の農民を養っていた事になる。
・この国では不人気なパパス芋も、隣国フルストでは普通に流通している。リヴァレーンに流れてきた難民たちの話から、この事が広まるのも時間の問題であろう。
・今ならフルストの他の地方で、病害に冒されていないパパス芋を入手できる可能性がある。
「……といったところでしょうか」