第二十五章 二人の姉妹 1.二つの出会い
その日の朝、アドンに託していたユーリの「商品」のうち、ギャンビットグリズリーの骨と胆嚢の売却益だと言って渡されたのは想定外の大金であった。グリードウルフの素材を売って得た代金すらまだ使い切っていなかったユーリは、思いがけず得た泡銭の使い途に頭を悩ませる羽目になった。結局、ドナの言うように「金は使うべき時に使ってこそ」だろうと、自分の村に足りないあれこれを買い揃えておく事にした。
前回の買い物の時は主にドナに引っ張り回されたので、ユーリの買いたいものを見て廻る暇は無かった。なので今度は徹頭徹尾自分の欲しいものを見て廻る――そう宣言した上で、オーデル老人とドナに同行を頼むと、二人は快く承諾してくれた。
「で、ユーリ君、見て廻りたいものって、何なの?」
「うん、刃物とか鍋釜なんかが足りないのと、糸や布、あとは育てられそうな作物かな」
「……って、十二歳の男の子が欲しがるものじゃないわよね」
「でも、無いと困るのは確かだし……」
「まぁ、ユーリ君が欲しいというものに、儂らがケチを付けるのもおかしいじゃろう。構わないから好きなものを買いなさい。ユーリ君が稼いだ金なんじゃ」
――という経緯で、雑貨、衣類と見て廻る。色々と目に付いたものを買い込んだ後で、最後に生鮮食料品を扱っている場所へと足を向けた。これらは雑貨や衣料品とは別に、ローレンセンの北側の一画、通称北市場で商われているという。そう聞いた三人が青物などを売っている一画にやって来たところ……
「……あの子、何を売ろうとしてるのかしら?」
ドナが不審そうに目を向けたのは、恐らくユーリよりも幼いであろう姉妹であった。何か袋に入ったものを懸命に売ろうとしているようだが、声をかけられた者はいずれも邪険に、不機嫌そうにそれを振り払っていく。
「……あそこまで不評なものって、何なんでしょうか?」
「さぁてのぅ……却って興味を掻き立てられるのは確かじゃな」
話しながらブラブラと近寄って来た三人を見て、縋るような目付きで姉らしき少女が声をかける。
「あの……お願いです、見るだけでも見て下さい。美味しいんです。毒なんかじゃありません」
〝美味しい〟と〝毒ではない〟
ユーリにとってはいたく関心を引かれる組み合わせであったが、一足先に件の作物を見た二人は浮かぬ顔である。
「あー……」
「毒芋じゃない……これは売れないわよ」
「違います! 毒なんかじゃありません!」
興味を掻き立てられたユーリが覗いてみると、そこにあったのは……
《パパス芋:大陸の一部で栽培されている芋。荒れ地でも生育するが、肥料を多く必要とするのとレンサクショウガイが出るのとで、一般には広まっていない。異世界チキュウのジャガイモに似た種類で、日に当たって緑色になった部位や芽に有毒アルカロイドを生じる。王国では栽培されておらず、隣国から以前に入ってきたものが中毒事故を引き起こして以来、毒草扱いされている》
(うわ……ジャガイモじゃないか……これは買っておかないと……)
こちらの世界で初めて見たジャガイモに、ユーリのテンションは爆上がりである。フライドポテト、ポテトチップス、肉じゃが、ジャガバター……生前好物でありながら、転生して以来ご無沙汰になっていた味を思い出し、思わず生唾が湧いてくる。
「それ、幾らで売ってもらえる?」
「ユーリ君!?」
「ユーリ君……言いたくはないが、これには毒があるんじゃが……」
「「毒なんかありません」よ?」
少女とユーリの声が重なる。
思わず少女と顔を見合わせ、続いてドナとオーデル老人に説明しようとしたところで……
「セナっ!」
少女の悲鳴に思わず振り返ると、力無く頽れた幼い少女の姿があった。
「ちょっとっ!? どうしたの!?」
「セナっ! セナっ! しっかりして!」
「おねぇちゃん……」
生前入院していた時の経験からか、低血糖性の昏倒だと素早く見て取ったユーリは、即座に懐中から自作のポーション――栄養補給用に調合したもの――を取り出して、姉の方に渡す……二本。
「すぐに飲ませて。一本は君が飲んで」
「あ、あの……これ」
「ポーションだから心配しないで。それよりも、早く!」
ユーリに急かされ、慌てて妹の口にポーションの壜――土魔法で作った無骨な土器――をあてがう姉。満足に飲み下す力も無いようだったが、それでも幾らか口の中に入ったポーションが効果を発揮したらしい。疲れたように眠り込んだが、先程と違って呼吸はしっかりしている。それを見届けたユーリは、姉娘の方にもポーションを飲むように勧めると、眠っている妹娘を抱え上げて、ドナとオーデル老人を促す。
「じゃ、帰るとしましょうか」
「あ、あの……ユーリ君、その子たち……」
「連れて帰りますよ? 放って置くわけにもいかないでしょう?」
「そ、それはそうだけど……」
今は自分たちも滞在客の身である。家主たるアドンの都合も聞かず、勝手な真似をするわけには……と躊躇うドナに、
「大丈夫。これは取り引きです。アドンさんが目端の利く商人なら、必ず乗ってきますから」