第二十四章 災厄の道 5.狩り(その1)
「……いました。あの樹の蔭です」
馬車が襲われたと覚しき辺りに近づいた時、ユーリがクドルに警告を発した。近づいたとは言っても、まだ充分に距離がある。魔獣の方がこちらを捉えているかどうかも微妙だろう。先制のチャンスは充分にあった。
「……どこだって?」
「ほら、あの樹……少し道路から離れてる、低いわりに幹が太い……」
「……あれか! ……言われてみれば、何か不自然な揺らぎのようなものが……ユーリは能く判ったな?」
「前に一度見た事がありますから。下手をするとこっちが不意打ちされます。そうなったら僕なんか一溜まりもありませんから、警戒だって命懸けですよ」
一溜まり云々については一同異論もあったが、今ここでそれを持ち出さない程度の良識はある。ともあれ、敵がそこにいるというなら準備するだけだ。
「……【鑑定】も弾かれるみたいだな。相手の属性も力量も判らない」
「魔法での直接攻撃は通じないと思ったが良いでしょう。本当は属性次第なんですけど、現状ではあいつの属性が判りません。『赤い砂塵』の火魔法を弾いたそうですから、火属性を持ってるのは確かでしょうけど、他にどういう属性を持ってるのかが……」
「この状況で奇襲って……難しくないか?」
「ダリア、お前の弓であいつを殺れるか?」
「無茶言わないでよ。あたしには相手の位置すら正確に見えてないのよ? それに、ユーリ君の説明どおりなら、丈夫で長い体毛は刃物による攻撃を防ぐんでしょ?」
「全くというわけじゃありませんけど、通りにくいのは確かです。刺突攻撃なら比較的通るんですけど」
「あたしの弓にそこまで貫通力を期待しないで。牽制程度ならまだしも、初撃で致命傷ってわけにはいかないわよ」
「打撃はどうなんだ? 鎧を着ているのと同じなら、打撃なら通るんじゃないか?」
「誰が近寄って殴るのよ?」
「近づく前に気付かれるでしょ?」
「ユーリ、お前の土魔法はどうなんだ?」
「魔力の動きに敏感なんですよ、あいつ。遠距離からの魔法攻撃は、まず察知されます」
気の滅入るような説明をされて、クドルは決断する。
「こっちが姿を隠しての奇襲は無理だ。手早く囲んでから連携で斃す。カトラはとにかく魔法を撃って、あいつの属性を曝け」
ユーリなら奇襲も可能かもしれないが、さすがにそこまで危険な真似をさせるわけにはいかない。クドルは正面からの殴り合いを選択した。
・・・・・・・・
「ちっ! 何て硬ぇやつだ!」
「下がれ、クドル!」
C級パーティとはいえ、「幸運の足音」で近接物理攻撃を担当するのは剣士であるクドルただ一人である。斥候役のフライは獣人で身体能力にも優れているが、彼の得物は短剣であり、ティランボットと渡り合うには分が悪い。ダリアの弓も牽制以上の役には立っておらず、カトラの魔法も通じていない。ティランボットの属性は判明したが、何と火・風・水の三属性持ちであった。火魔法と風魔法を得意とするカトラにとっては、天敵のような相手である。今は壁役のオルバンと攻防を分担して凌いでいるが、このままではジリ貧のまま押し切られるのが見えている。
「……クドルさん、少しの間アイツの気を引けますか?」
「あぁ? それくらいならできるが?」
「お願いします。僕が何とか不意打ちの一撃をしかけますから」
どういう事だとクドルが訊き返そうとした時には、ユーリの姿は溶けるように消えていた。思わず辺りを見回しても、姿どころか気配すら残っていない。なるほど、不意打ちというのはこういう事かと、ユーリの隠密の技倆に舌を巻く。これならティランボットの眼も耳も誤魔化して、近づく事ぐらいはできそうだ。
「おっと……そのためにゃ、俺たちがしっかり陽動役を務めなくちゃな」
気を取り直してティランボットに再度挑むクドルたち。いい加減痺れを切らしたティランボットが振り切って脱出しようとするが、「幸運の足音」は連携の取れた動きでそれを許さない。だが……
「――っ!」
「フライっ!!」
後退しようとして、切り株に足をとられた斥候役が体勢を崩した。その隙を逃さず、魔獣の凶悪な爪が斥候役を襲う。
「フライ――っっ!」
万事休すと思われたところ、すんでのところで両者の間に出現した石の壁がティランボットの爪を遮ろうとして……そのまま壊された。土魔法による掩護は、ティランボットの攻撃を止める事はできなかったが、貴重な時間を稼ぐ事はできた……かに見えた。