第二十四章 災厄の道 3.正体
「……いきなり襲われたんだ。完全に後手に廻って、態勢を整える暇も無く……。回復を図りつつ、逃げて来るので精一杯だった……」
「本当に、何の気配も無かったのよ、本当なのよ……」
「あぁ、それはもういい。で、相手はどんなやつなんだ?」
「……判らん。……見た事も無い……熊系の魔獣のような気もするが……どことなく違和感があった」
「攻撃は? 熊系ってんなら、爪か?」
「そうだ。一撃でアシェンダが吹っ飛ばされた。ミグも……あのミグが、まともに回避もできず……一方的に追い詰められて……」
「魔法も……ファイアーボールやフレイムランスくらいじゃ堪えなかったみたいで……何だか毛皮で弾かれたようにも見えたんだけど……」
説明を聞いた一同は揃って困惑しているようだったが、【対魔獣戦術】のテキストをそらで覚えるほどに読み込んだユーリには、一つ思い当たる節があった。
「あの……いいですか?」
怖ず怖ずと手を挙げたユーリに一同驚いたようだったが、子供でもあの塩辛山に住み着くような豪傑だし、何か知っているかもしれないと思い直したらしい。それに何より、ポーションを提供して怪我人を救った殊勲者である。
無言で頷いたナバルを見て、ユーリは三名に問いかける。
「その魔獣ですけど、全身長めの黒い毛に覆われていて、前腕が異様に長くありませんでした? あと、首も少し長めだったとか?」
訊かれた三人は目を剥いて、無言で、しかし何度も頷いて、肯定の意を示す。それを確かめたユーリは、今度は魔術師の方へ向き直る。
「火魔法ですけど……命中の直前に揺らいだ感じで霧散しませんでした?」
「! ……そう言えば……なぜ知ってるの!?」
「ユーリ、何か心当たりがあるのか!?」
衆人の注目を浴びたユーリは少し困った顔をしたが、
「……断言はできませんが……ティランボット、別名をタイラントグリズリーという魔獣だと思います」
「ティランボット?」
「いや……タイラントグリズリーという名前には聞き覚えがあるぞ?」
ティランボット。別名をタイラントグリズリーともいう。熊とゴリラの中間のような姿の魔獣。前腕は異様なまでに長く、全身が長めの黒い毛に覆われている。腕だけでなく首も熊より長めで柔らかく自在に動くため、死角らしい死角はほとんど生じない。
武器は長く自在に動く腕と強力な爪であるが、指は長く握力も強い。単なるパワーファイターではなく、柔軟な身体を活かしたテクニカルな攻撃も達者である。足は腕に較べると短いが、それでも一般人よりはずっとストロークが長く、ダッシュ力と跳躍力にも優れるため、包囲しても囲みを破って逃げる事が多い。
最大の特徴は魔力を防御に使う事で、弱い魔力を発して探知魔法を妨害したり、身体の周囲に張り巡らせた魔力をバリアーのように使って、魔力による攻撃を受け流したりできる。ただし、全属性の魔力を使いこなせるわけではなく、大抵は一つか二つの属性魔力に限られる。火魔法と風魔法の場合が多いが、水魔法を使う個体も確認されている。
「……それで、あたしの探知が効かなかったの……」
「魔導通信機も……それで攪乱されて……連絡がつかなかったのか……」
「あたしの火魔法を弾いたのも……」
「厄介な魔獣のようだな……。ユーリ、そいつは一体何級相当の魔獣なんだ?」
「さぁ……僕もそこまでは……」
「不意を衝かれたとは言っても、『赤い砂塵』はC級パーティだ。それを、こうも一方的に叩きのめしたんだ。B級以上って事になるだろう」
「そんな魔獣が……なぜ……」
「多分だけど、冬籠もりの前に餌を採ろうとしてるんじゃないですか? 性質は熊に似たところがあるみたいですから」
心臓に悪い台詞を聞かされて、一同が振り向いてユーリを見つめる。
腹拵えのために出てきただと? だったら……腹が膨れるまで居座るという事か?
「そんな事をされた日には……商売上がったりだ……」
「それどころか、下手をすると商都が干上がるぞ?」
大袈裟に聞こえるかもしれないが、現状ではそうと一笑に付せない事情がある。ここしばらくの慢性的な食糧不足のせいで、商都にも地方から食糧が運び込まれている。全てがここで消費されるわけではなく、取り引きの後に他の場所へ送り出されるものも多いのであるが……それはそれで、他の町が飢える可能性をもたらす事になる。
沈痛な表情の一同の視線が、やがてユーリに集まった。
(……え?)