6.初心者講習会
ここ、ローレンセンの町の冒険者ギルドを、期待に満ち溢れた感じの少年が訪れている。冒険者への登録を希望する少年に見えなくもないが、それにしては身に着けているものがおかしい。粗末に思えるほど簡素な――しかし、見る者が見れば品質は一級品と判る――衣服を纏っているが、武器や防具の類は一切無い。片手に何やら包みを抱えているが、中身はどうやら筆記用具の類らしい。
一言で云えば、冒険者ギルドには場違いな格好なのだが、なぜか周りの冒険者たちも咎める様子は無い。
……まるで、その資格がある事を承知しているように。
「……来たか。ユーリだったな」
「はい! よろしくお願いします!」
「本来は新人冒険者向けの講習なんだが……まぁ、『幸運の足音』が太鼓判を押してるし、アドン商会からの要請もあったし、ギルドとしちゃあ別に構わんのだが……本当にいいのか? うちでやってるなぁ、所詮は初心者向けの講習だぞ?」
「はい、それが好いんですよ。別に名工とか名匠とかを目指してるわけじゃありませんし。何より、僕自身が初心者ですから。初歩的な内容を広く浅く教えてもらえるのは好都合です」
「そういう事なら……けど、本当に全部受講するのか?」
「はい。僕の状況だと、広く浅く、何でもできないと拙いですから」
「……塩辛山に一人で住んでるんだったな……アドン商会の保証が無けりゃ、信じねぇとこだったぜ。冒険者だって二の足を踏むような場所で、よくもまぁ……」
そう。凶暴な魔獣の犇めく塩辛山にソロで籠もるなど、中級冒険者でも回れ右するような事態である。それを五年間の長きにわたって続けている程の剛の者なら、子供とは言え冒険者ギルドにいるのもおかしくはない。況して、ほぼ単独でグリードウルフ四頭を狩ったとあれば、下手に絡むような馬鹿はいない。それに加えて、留めが先日の当たり屋成敗である。見かけはともかく「無慈悲な壊し屋」の異名を即日で奉られるような相手を、どこの頓馬が侮るというのだ。
「え~と……僕が住んでるのは森の中じゃなくて、その手前の平原ですし、村の周りはしっかりした防壁に囲まれてますよ?」
「冒険者だって、塩辛山の森の中で野営なんかするもんかよ。それに、時々村を出て採集して廻ってるって聞いたぞ?」
「まぁ……村の中だけじゃ、必要なものも揃いませんし……」
そのついでに魔獣を狩っては食糧や素材にしているわけだが、そこまで話す事も無いだろう。そう考えて黙っているユーリであったが、ギルドの職員の目も節穴ではない。ユーリが身に着けているものが、些か素人っぽい作りではあるが、その原料は飛びっきりの一級品である事を……言い換えると、かなり強力な魔獣の素材である事に気付いていた。それをどうやって入手したのかを考えれば、ユーリの力量は――なぜか当の本人が気付いていないようだが――自明である。
「まぁ……俺たちがどうこう言う事じゃねぇが……五年間無しで済ませてきたんだろう? 今更初心者向けの技術を習っても、失望するだけかもしれんぞ?」
冒険者ギルドの初心者向け講習は、その範囲こそ鍛冶・調薬・大工・裁縫・調理……と広きに亘っているが、内容は素人に毛の生えた程度でしかない。塩辛山での生活などという上級ミッションに堪えられるかどうか。
「いえ、修得どころか、練習しようにも道具が無くて、できなかったものが多いですから。ローレンセンで道具を買えたから、やっと試してみる事ができます」
ニコニコと笑うユーリを見て、普通はその前に引き揚げるもんだ――という言葉を呑み込む職員の男。個人の事情を詮索するのはマナー違反である。
「……まぁ、それで構わないなら頑張ってくれ」
「はい!」
元気良く返事したユーリであったが、ふと思い付いた事を訊ねてみる気になった。
「そう言えば……塩辛山の近くに出る魔獣のリストみたいなものって、冒険者ギルドにありますか?」
「あぁ。二階の資料室にある。冒険者以外にも公開しているから、気にせずに見てくれて構わんぞ」
「ありがとうございます」