5.「壊し屋」ユーリ
少し長めです。
「ほらほら、さっさと支度しなさい。折角町へ来たっていうのに、ずっとお屋敷に引き籠もってるつもりなの?」
「え~」
「グリードウルフを売って、大金が入って来たんでしょう? お金っていうのは使うべき場所で使ってこそなのよ。抱え込んでいてもしょうがないんだから」
「え~」
前世のコミュ障を引き摺って人混みに及び腰のユーリを、ローレンセンの町を見物したいドナが引っ張り出そうとしているのが、冒頭の情景である。
ドナの本音は見物したいだけだろうが、町へ来ていながら引き籠もってどうするというのは正論だけに、ユーリとしても反論はしにくい。いや、実際に外へ出て見物するつもりではあったのである……ローレンセンの賑わいが予想を上回っている事に気付くまでは。
元々ユーリは現代日本からの転生者である。ここフォア世界とは較べものにならないくらいの雑踏も知っているのだが、転生以来一人で引き籠もっていた身にとって、一気にこれだけの人混みの中へ飛び込んで行けというのは、やはり少々ハードルが高い。その辺りの事情は――転生云々の部分は別として――オーデル老人もアドンも薄々察しているのだが、一人ドナだけがそれを承知しないのであった。
「好い若い者が、そんなに引っ込み思案でどうするの。根性出して付き合いなさい」
「え~」
斯くして、世話焼きの姉に引き摺られて行くぐうたらな弟という体裁で、ユーリ初の都会見物が幕を開けた。
・・・・・・・・
買い物に使うための小遣いは、ユーリだけでなくドナもそれなりに持って来ている。まぁ、ユーリの場合はグリードウルフの代金がなければほぼ無一文であったが。
ともあれ、それなりに懐が暖かい子供二人は、あれこれと見て廻っては――主にドナが――散財していた。
――さてこの三人、何も知らない者からはどう見えるか。
答えは、世間知らずの孫二人を連れた金回りの良い老人――といったところであり、しかも孫娘は美形ときている。鴨が葱――どころか、お銚子にお通しまで引き連れてやって来たようなものだ。
……その実、番犬代わりに死神が付き添っているようなものなのだが。
カモと見た掏摸どもが早速近寄るが、【察知】【鑑定】【探査】でそれと察知したユーリが、間髪入れずに闇魔法で威嚇。急に激しい悪寒に襲われた掏摸たちは、近寄る前に心挫けて総撤退の憂き目にあった。
だが……中には鈍い、あるいは愚かな者もいるわけで……
「うぉ!? おぉぉぉっ!?」
「え? あれ?」
「ドナ、ぼんやりしてると危ないから気を付けて」
「え? あたし、ぼんやりなんか……」
「おいおいおい! どこに目を付けてやがるんだ!」
「「「――へ?」」」
当たり屋を生業としている破落戸の一人が、ドナにぶつかって因縁を付けようとした……ところで、事前に気付いていたユーリがドナの手を引いたために派手に空振り、一人勝手に盛大にすっ転ぶという醜態を曝す羽目になった。
これだけでも充分以上に無様なのだが、何をとち狂ったのか逆上したのか、根も葉もない〝どこに目を付けて〟発言である。三人がキョトンとしたのも当然なら、見物人の一部が思わず吹き出したのも無理からぬ事であったろう。
恥じ入ってそのまま引き下がっておれば良かったものを、失笑を買った事に逆上したのか、猶更いきり立ってまくし立てる。オーデル老人とドナはどうしたものかと困惑していたが……
「あぁ、どうもすみません。ご無事でしたか?」
「お? おぉ……いや! 無事に見えるかよ!」
(「……どっからどうみても無事だろうによ」)
(「みっともねぇ真似を曝しやがって……」)
(「当たり屋の風上にも置けねぇな……」)
「あぁ、それは大変です。痛むのは、この辺ですか?」
「あ? ――※☆!&~~%仝@♭――ェγζ――っ!!」
「あぁ大変だ、肘だけでなく肩まで……」
「――!――θ!≠∈◇⇔★~ゑ∬⊥~??£II――ッ!?」
「おやおや、腰までおかしくなってるみたいですね」
「~~>_<――∀!☆☆☆m(_ _)m……!!ッ#$%っっ」
(「お、おい……あの坊主……」)
(「片っ端から骨を……外してるんじゃ……」)
(「い、いや……それだけであんなに転げ回るもんか? 何か……他にも」)
さすがに商都ローレンセン、悪党どもの眼も確かであった。
ユーリは当たり屋の関節を手当たり次第に外したり戻したりしているだけでなく、闇魔法の【幻痛】まで使用して、あらん限りの苦痛を与えていたのである。
――それこそ、王家の拷問吏すらドン引きしそうな勢いで。
身体が弱かった反動なのか、生前のユーリこと去来笑有理は、武術や格闘技に憧れを抱いていた。特に合気武術や関節技に興味を抱き、手引き書を買ってはあれこれと――型だけ――真似していたものだ。そんな前世が影響したのか、【対魔獣戦術】には人型魔獣――もしくは人間――への対処法として、古武術に類するような技術のあれこれが載っていたのである。有頂天になったユーリが、早速練習して習得したのは言うまでも無い。
それに加えて魔獣狩りである。魔獣を仕留めて解体していれば、嫌でも身体のつくりには明るくなる。どこにどう力を入れれば、効果的に関節を壊せるのか、知悉するのも当然であった。
「ひょっとして、ここも痛くないですかぁ?」
「――仝γ∈☆%!ッ――θ!」
言葉にならない悲鳴を上げて悶絶痙攣しているが、ユーリに手加減する気は一切無い。悪意を持って自分たちに近寄って来たのだ。相応の報いは受けてもらう。ついでに見せしめになってもらえれば、今後の面倒も減るというものだ。
「……これは……首の骨までイっちゃってるかなぁ……」
不吉な言葉と共にユーリの手が首に伸びた時点で、当たり屋の精神の方が先に限界を迎えた。涙と涎と小便を垂れ流し、白目を剥いて失神したのである。
「あ~あ……誰か、お医者さんを呼んであげて下さい。僕の手には負えないようです」
誰にともなくそう言い置いて、ユーリは立ち上がった。医者を呼ぶようにとは言ったが、支払いを持つつもりは当然無い。抜かりなく骨は戻しておいた。靱帯の損傷と幻痛はあろうが、何が起きたかここの医者には証明できまい。
「ユ、ユーリ君……何がどうなったの?」
「さあ……何かの発作みたいですよ?」
しれっとした顔で言い切るユーリ。オーデル老人の方は、どうやらあの男は破落戸で、善からぬ思いを抱いて近寄って来たのだろうと察したが、ここはユーリの発言に乗っておく。何も知らない孫娘を心配させる事も無い。
「発作のぉ……大変じゃなあ」
「ですよねー」
「???」
事情が今一つ呑み込めない様子のドナを連れて、粛々と退場する三人。後に残るのは白眼を剥いて痙攣している当たり屋の男と、思いっ切りドン引いた様子の悪党ども。
そして……
(「おい……とんだ『壊し屋』が現れたもんだな」)
(「あぁ……仲間にも忠告しておいた方が良いな。『壊し屋』に近寄るなってな」)
(「だな。……くれぐれも『壊し屋』の見かけに騙されるな、ってな」)
――「無慈悲な壊し屋」という二つ名だけだった。