第二十三章 商都ローレンセン 1.アドンの屋敷にて
ローレンセンの町に着いたユーリたちが案内されたのは、ユーリの感覚からすれば大豪邸と言ってよいような屋敷であった。
「さてユーリ君、それからドナさんも、自分の家と思って寛いでくれたまえ」
「儂には何の言葉も無しか?」
「お前は最初から遠慮などせんだろうが」
「違い無いの」
ははっ、と笑い合う老人二人を見ながら、ユーリはこっそりとドナに訊ねる。
(「ドナ……オーデルさんとアドンさんって……?」)
(「えぇ。古くからのお友達よ」)
(「そうなんだ……」)
「あぁユーリ君、部屋には浴槽が設えてあるが、使いたい時にはメイドにそう言ってくれたまえ。すぐに準備させるから」
さり気無い一言であったが、それはアドンからユーリに向けられた探りの一手であった。
この国では入浴の習慣は知られてはいるが、【生活魔法】の【浄化】を使える者がそこそこ多い事もあって、万人に普及した習慣であるとは言い難い。浴槽と言われてピンとくるかどうかで、これまでの生活習慣が判るのではないか。
そんな思いからの質問であったが、ユーリの答えはアドンを……いや、そこにいた全員を驚かせた。
「あ、お風呂が付いてるんですか?」
ぱぁっと顔を輝かせて問い返すユーリに、アドンの方がやや面喰らった様子である。しかしユーリはそんな様子に頓着する事無く、素直に喜びを表明する。
「助かります。二日も入ってないと、どうにも落ち着かなくって」
「「「二日も?」」」
普段から【浄化】頼りのオーデル老人とドナは素より、比較的風呂に入る事の多いアドンにしても、週に一、二回というのが普通である。「二日も」入っていない――などと平気で言い出すユーリは、三人の常識の埒外にあった。
「……ユーリ君、一応確認しておくが……入浴の手順は知っているかね?」
「はい。最初に身体を洗ってから湯船に浸かるんですよね? あ……いや……ひょっとして蒸し風呂の方でしたか?」
「「「蒸し風呂!?」」」
「あ、違いましたか……湯船に浸かる方でいいんですよね?」
「あ、あぁ、問題無い……」
実は、この国では蒸し風呂というのはあまり知られていない。辛うじてアドンが、遠い異国にそういうものがあるという事を耳にした程度であった。要するに、風呂に関するユーリの知識は、ここにいる三人の予想を遙か斜め上にぶっちぎっていたのである。
「ね、ねぇ、ユーリ君。あなた……その……普段はどのくらいお風呂に入ってるの?」
恐る恐るドナがそう訊ねたのも無理からぬ事であったろうが、風呂好きの元・日本人であるユーリの答えは、彼ら三人の度肝を引っこ抜くに充分であった。
「え? 大体一日おきですけど?」
「「「一日おき!?」」」
「え? えぇ……さすがに毎日入るのは、僕みたいな山暮らしだと贅沢ですし……」
「「「………………」」」
「……あの……どうかしました?」