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第二十二章 ローレンセンへ~南南西に進路を取れ~ 4.晒しな日記(その1)

 油断と言うなら油断であったろう。ただ、転生以来の五年間、一人で山奥に引き籠もっていたユーリに、下界の事情を察しろと言うのも無理な話ではあった。

 何の事かと言うと……



「……ユーリ君、何をしているのかな?」

「あ、アドンさん。今日の出来事を日記に書いているんです」

「「「「「「日記!?」」」」」」


(あれ……? どうかした?)



 ――以前にも触れたが、ユーリこと生前の去来笑(いさらい)(ゆう)()は記録魔であった。

 日常生活で見聞きした事や思い浮かんだ事は全て、常時持ち歩いているメモに書き残し、その日の終わりに日記として清書するのを日課にしていた。また、特に別記しておいた方が良いと思われるような情報は、また別のノートに書き残していた。

 フォア世界に転生後もその性格は変わらず、日常の細々した事などをメモしては日記に清書していた。ただ、昨日から今日にかけては……



(何だかんだと忙しくて、メモを取る時間もほとんど無かったからね。忘れないうちに清書しておかなくちゃ)



 ――というのが冒頭の情景に至った経緯(いきさつ)である。



 では、なぜアドンを始めとする皆が驚いたのか、少しばかり説明が必要であろう。


 第一に、この世界では日記を付けるという習慣は珍しい。と言うか、読み書き自体が特技扱いである。商人などは日々の出来事を備忘録的に帳簿に付けたり、取り引き内容を含めた様々な情報を「日記帳」――この時代の「日記帳」というのは、商人が取り引きの内容などを記した備忘録のようなもの――に記録する事はあるが、一般的な習慣とは言えない。そもそも、紙自体がまだ安くはないのだ。他愛無い事をつらつらと書き(つづ)って消耗するなど、贅沢の沙汰である。

 身寄りの無い子供でしかないユーリが、なぜそんな贅沢な習慣を? 不自然この上無い話であった。


 第二に、下界と没交渉で自給自足の生活を送っている筈のユーリが、どこから紙など手に入れたのか。自分で作ったと考えるのが妥当であるが、そうするとユーリは製紙の方法を知っている事になる。この時代、製紙の技術というのは――秘伝とまではいかないにしても――充分に特殊技術の範囲である。弱冠十二歳の子供が身に着けているようなものではない。


 第三に、仮にユーリが紙を自作したとするなら、その原料はどこから調達したのか? 実はこの時代、紙というものはボロ布から作るものと決まっており、木材パルプは無論、草の繊維から紙を作る技術は――少なくともこの国では――一般に知られていない。衣服すら自作しているユーリが、製紙に廻すほどのボロ布を持っているというのは不自然である。


 第四に、問題となっている紙の品質があった。上述のようにボロ布から作る紙の多くは薄汚れた感じの色合いであり、ユーリの「日記帳」のように白色度の高いものは――一部の高級品を除いて――出回っていなかった。


 第五に、ユーリが記帳に使用していたのはペンとインクではなく、鉛筆――正確には、木炭の粉を芯に使用したチャコールペンシル――であった。ユーリはものの見事に失念していたが、地球でも鉛筆の記録が現れるのは十六世紀になってからである。そしてこの時代のフォア世界でも、やはり鉛筆は知られていなかった。なのに、ユーリは何の疑いも無く、その新規な筆記具を使っている。一々ペン先をインクに浸す必要も無くスラスラと書き(つづ)っているその様子は、アドンにとっては衝撃以外の何物でも無かった。


 そして第六に、これは無遠慮にもユーリの日記帳を覗き見したアドンにしか判らなかったが、ユーリが書いている文字と書き方が全く未知のものであった。要は日本語なのであるが、ユーリはそれを右から左に縦書きにしていた。日本語の文としては珍しくもないが、左から右への横書きしか知らないアドンにとっては、これも驚きでしかなかった。


 ついでに述べておくと、ユーリの「日記帳」は自作の紙を中綴じにしたもので、いわゆる「大学ノート」とほぼ同じ形態である。そして、賢明なる読者諸氏が察しておいでのように、フォア世界に同様の「ノート」は存在しない。日記帳や帳簿用に売られているのは、普通の本と同じように革で装釘したものである。これが第七。



 ――さて、どこから突っ込んだものだろうか。



「……ユーリ君、訊きたい事は山のようにあるが……まずその紙……いや、それより、そのペンは何だね?」

「……はい?」


(あれ? 鉛筆持ち出したの、(まず)ったか? いやでも、クドルさんたちは何も言わなかったよな?)



 実は、ここに来るまでにも時々メモを取るぐらいの事はしていたのだが、冒険者が心覚えをメモしておく事自体は、さして珍しい事でもない。また、そんなメモを覗き見るのは、冒険者としてマナー違反である。なので、クドルたちもまじまじと眺めるような事はせず、結果として鉛筆の存在にも気付かなかった。しかし、改めて注意してみれば、インキによらずに筆記ができる鉛筆の有利性は明らかである。

 更に言えばこの時代、簡単なメモには蝋板を使うのが一般的だった。これは木の板に色付けされた蝋が塗ってあるもので、細い金属製の棒を使って文字を書いたり、丸くなっている反対側で蝋を(なら)して文字を消す事もできた。てっきりユーリが使っているのもその(たぐい)だろうと、軽く考えていたのだが……

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― 新着の感想 ―
理由が多い多いww
[気になる点] あれ?汚れを綺麗にする生活魔法ありませんでしたっけ? 繊維の奥まで染み込んだ汚れはとれないんですかね?確かに、せっかく布を染めても生活魔法で色が抜けると困りますもんね
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