第二十二章 ローレンセンへ~南南西に進路を取れ~ 3.野営時の語らい(その2)
「……おい……鑑定結果が『魔製石器』になってんだが……?」
ユーリのナイフを手にとって【鑑定】するや否や、その内容――魔製石器って何だ?――に面喰らった様子のクドルが顔を上げて訊ねた。
が、ユーリの方は落ち着いたものであった……この時までは。
「はい。土魔法とかで作り上げたものは、そう表示されるんですよね?」
「んなわけあるか……無ぇよな?」
一旦は言下に否定したクドルであったが、畑違いの魔法の事とあって不安になったのか、ハーフエルフの魔術師であるカトラの方を振り返って訊ねた。
「無いわね……普通なら」
「え?」
魔法の先達にして歴戦の魔術師――註.ユーリ視点――しかもハーフエルフのカトラからあっさりと否定されて、わけが解らないという様子でユーリは絶句する。
が……わけが解らないのはカトラたちも同じ……いや、それ以上である。
「土魔法で作った道具って、どうしても耐久性に劣るから、長く使ったりはしないものなのよ……普通は」
重ねて「普通でない」事を強調しているが、確かにユーリの事情は普通ではない。金属器がほぼ無い村で、曲がりなりにも五年間生活してきたのだ。魔法というチートがあったとは言え、部分的には石器文明である。先住者が残した地図から、近くに村があるのは判っていた筈なのに、なぜコンタクトを取ろうとしなかったのか?
一言で云えばユーリが凝り性で、自覚していないが生産者気質であったためであろう。他者を頼るのは、何かに負けたような気がするのだ。
ともあれ、そういうユーリの意地もあって、「魔製石器」などという代物を開発し、魔力の扱いに長ける事にもなった――特に同時発動――のである。が、そんな裏事情のあれこれまで、ここで話すわけにはいかない。
「……使える道具が他にありませんでしたから……」
「まぁ……そういうケースは今まで無かっただろうしなぁ……」
「使える道具がこれしか無いんじゃ、長く保たせる工夫は必須だよねぇ……」
思い返してみれば、確かに最初の頃作った道具たちは、いずれも長保ちせずに駄目になっていた。それを、素材やら作り方やらを色々工夫する事で、何とか実用レベルまで叩き上げたのである。
「そう言えば……魔力を通して使うと少しだけ丈夫になる気がして……それからはしょっちゅう魔力を通して使ってましたっけ……」
鑑定の結果が「魔製石器」と表示されるようになったのも、その頃ではなかったか。まぁ、【鑑定】持ちだという事は付せているので、その事実を明かす事はできないのだが。
……だったらどうして「魔製石器」と表示されるのに気付いたのかという疑問は、ユーリの思慮の埒外にあった。ユーリ以外の面々はと言えば、「魔製石器」の衝撃が大き過ぎて、やはり疑問が浮かぶ事は無かった。
何よりハーフエルフの魔術師であるカトラが、「魔製石器」に猛然と食い付いた。
「ちょっと待って!? 魔力を通して……?」
「え? えぇ。そうすると何だか切れ味も上がるようなんですよ」
看過できない話とばかりにクドルからナイフを取り上げ、軽く魔力を流してみるカトラ。……ユーリのナイフを勝手に取り上げて使っているという事実は、あまり気にしていないらしい。
「……何よ、これ……魔力の馴染み方が半端じゃないわ……」
「ん? どういう事だ? カトラ。大した事なのか?」
「当たり前でしょう!! ハーフエルフのあたしでも、金属との相性は良くなくて苦労してるのに……うわ……しかも何よ、この切れ味……」
いつの間に取り出したのか、魔獣の皮の切れ端のようなものを、ユーリのナイフでスパスパと切り裂いている。
壁役兼金庫番のオルバンが、仲間の無遠慮な振る舞いを視線で詫びるが、ユーリ本人にも興味深い話なので、気にしていない事をこれも視線で返しておく。
他のメンバーはと言うと……皆、興味津々でにじり寄っている。そこに遠慮とか慎みの文字は無い。オルバンは一人目頭を揉んでいる。
「カトラ、ちょっと貸してくれ……うっわ! 軽い! 何だこれ!?」
「凄いでしょう。それでこの切れ味なのよ」
なぜか鼻息も荒く得意気に解説するカトラから皮の切れ端を受け取って、今度は斥候役の獣人フライ――主武装は短剣――が試し切りに参加する。
「うっわ……これ、ロドンの革か? あっさり貫いたぞ?」
「魔力を通した時の切れ味はそれ以上よ。実際に見た事は無いけど、ドラゴンの素材でできたナイフに迫る切れ味なんじゃないかしら」
「ドラゴンの……?」
「よし、ちょっと貸せ」
最終的にはアドンは勿論、ドナや御者たちまで触ってみた後で、ようやくナイフは持ち主の手に帰って来た。しかし、全員の視線は変わらずそのナイフに釘付けである。
「え、えっと……予備があるんで、宜しかったら……」
「「「「「是非!」」」」」