第二十一章 楽しいハン行 5.ハンの宿場
途中軽い――註.ユーリ視点――ハプニングはあったが、ともあれ馬車は無事にハンの宿場町に着いた。今夜はここで一泊して、明朝にエンド村の年貢の手続きを済ませ、その後でローレンセンの町へと向かう予定である。
そしてユーリにとっては――こっちの世界に――生まれ直して初めての宿場町であった。
(うわぁ……)
中世ヨーロッパ風の、異世界の、宿場町の、実物を、生まれて初めてその眼で見て、大いにテンションを上げるユーリ。コミュ障の気があると言っても、単に風景として眺めているだけなら問題は無い。
そして……そんなユーリをやや不思議そうに眺めるオーデル老人とドナ。
はて……幼い頃は祖父と旅暮らしをしていたとか言ってなかったか? それにしては……まるで、生まれて初めて宿場町を見たようなはしゃぎっぷりなのだが……?
内心で些か首を傾げた二人であったが、子供の頃はゆっくり眺めるゆとりが無かったか、あるいは単に忘れてしまっていたのだろう――と、好意的に解釈する。……小さな疑いの芽は、芽吹く前に摘まれた。
(おっと……あまりキョロキョロしていたら拙いかもね)
遅蒔きながらその点に気付いたユーリが、今更ながらに態度を改める。が……残念ながら、子供が精一杯大人のふりをしているようにしか見えず、一同の微笑みを買うのであった。
ちなみに、転生前からユーリは童顔であり、年相応に見られない事――二十六歳で中学生に間違えられた時の屈辱は、未だにトラウマになっている――が悩みであった。転生後もその悩みはついて廻りそうだが……ユーリはまだその事を知らない。
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「クドルさん、さっき聞き忘れた事があったんですけど……今、いいですか?」
宿をとって皆で夕食の席に着いている時、会話のタイミングを見計らってユーリがクドルに問いかけた。
「あ? あぁ、何だ?」
「冒険者ギルドでは、ギルド会員の身分を証明するカードのようなものを発行してますか?」
ラノベではギルドカードの存在は定番なのだが、ここは現実の異世界。そういうものが存在すると決めてかかるのは拙いだろう。
「あぁ、ギルドカードだな」
……と、思ったが、現実も案外ラノベの通りらしい。
「その、ギルドカードによる身分証明が必要になるのは、どういうケースですか?」
「どうって……そうだな。まず、ここみたいは宿場町は別として、ローレンセンのような町へ入る時には、手続きとしてギルドカードの提示が要求される。持ってない場合は、保証金を払う必要がある」
「保証金?」
「町によって違うが、銀貨五枚というのが相場だな。町にいる間何も面倒を起こさなけりゃ、町を出る時に返してもらえる。何か面倒を起こしたら、保証金は没収されて町から叩き出される」
銀貨五枚というところでユーリの表情が揺らいだが、
「あぁ、心配には及ばないよ。ユーリ君の身元は私が保証するから。無論、そちらの二人もね」
「――という具合に、町に定住しているお偉いさんが保証してくれれば、保証金を支払う必要は無い。俺たちみたいな冒険者稼業だと、そこまでの保証はできないけどな」
「それに……ユーリ君はそもそもグリードウルフの屍体を四頭も持ってるだろ? あれを売れば銀貨五枚どころじゃないよ?」
毛皮だけでも、一頭分で銀貨五十枚(=半金貨一枚)にもなると聞いて驚くユーリ。オーデル老人とドナを自宅に案内した時、何やら挙動が不審だったのはそれかと、今更ながらに思い当たる。自分にとっては生活必需品という認識だったが、社会の評価は違うらしい。
「毛皮の売り買いの話が出たからついでに言うと、商取引の場合もギルドカードはあった方がいい……と言うか、大抵の場合は無いと話にならないな」
これは少々厄介な話だ。ユーリが作物を売買するに当たってもギルドカードが必要なのだろうか。その場合、どこのギルドになるのだろう。農業ギルドというのがあるのだろうか、それとも商業ギルドなのか。
巡らせた視線でオーデル老人に問いかけるが……
「いや? 儂らのような農民じゃと、ギルドに入っておらぬ者も珍しくはないぞ? 小作農なども多いしのぅ」
あぁ、別に入らなくてもいいんだ、とユーリは胸を撫で下ろす。
対して、これを皮切りにユーリにギルドに入るよう説得しようかと思っていたクドルとアドンは、密かに渋い顔である。
ともあれこの日は、ユーリがギルドカードの事を確認して終わった。
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翌朝、エンド村の年貢を代行して奉納しに行った――この宿場に、領主の代官の主張所があるらしい――アドンを待っているうちに、ユーリはふと疑念を覚えた。
――自分は税を納めなくてもいいのだろうか?
「別にいいんじゃないのか? そんな話は聞いてないんだろ?」
面倒臭げに言い放つクドルを見て、相談する相手を間違えたと悟るユーリだが、
「クドル……もう少し親身になって考えてあげなさいよ」
「あぁ? そんな事言っても、年貢を納めた事なんか一度も無いんだぞ? 何をどう答えりゃいいんだよ?」
正論である。……正論ではある。
そんなリーダーの様子を見ながら、溜息を吐いて金庫番のオルバンが言うには、
「確か……戸数が少ないとか、村を作ってから間が無い場合は、免税の対象になった筈だよ。ユーリ君の場合もそれに当たるんじゃないか?」
なるほど、免税というのがあったか。これは後でアドンに確認して……
「止めとけ止めとけ。折角丸く収まってるものを、寝た子を起こすような真似をしてどうすんだ」
「クドル!」
……先達の意見というのは大事だなぁと、しみじみ思うユーリであった。