第二十一章 楽しいハン行 4.冒険者へのお誘い
「……さぁて、と……」
徐にグリードウルフの屍体に歩み寄ったユーリは、早速解体に取りかかろうとしたのだが……
「お、おぃ……ユーリ……それをどうするつもりだ……?」
「え? 血抜きして捌こうかと……あ、そうか。時間、かかっちゃいますね」
今は宿場町への移動中であり、解体にかけられる時間の余裕は無い。その事に気付いたユーリは、後で解体するべく【収納】に仕舞い込もうとして……すんでの所で他人の目がある事に気付く。【収納】スキルの事は話していないのだ。マジックバッグに収納するように偽装しないと駄目だろう。
危ない危ない――と、立ち上がり、身に付けたマジックバッグを取り出して仕舞い込もうとしたところで、クドルが言葉を続ける。
「いや……時間もそうだが、獲物は自分で解体せずに、冒険者ギルドへ持ち込むのが普通だぞ?」
「え? そうなんですか?」
ユーリにとっては初耳の情報であった。
「あぁ。ユーリの解体技術は知らんが、俺たちだとギルドの解体係ほど上手くは捌けんしな。下手にバラすと傷が付いて、買い取り価格が下がっちまう部位もあるんだよ。あとはインチキ対策だな」
「インチキ?」
次から次へと知らない話が出てきて、怪訝の色を深めるユーリ。その様を見たクドルが説明してくれたところでは、昔強力な魔獣の素材を買い取って、それをギルドに――自分で討伐したと偽って――提出した愚か者がいたらしい。まぁ、ギルドの職員だって馬鹿ではない。あっさりと見抜かれて処分を食らったのだが……
「……以来、そんな馬鹿が出ねぇようにってんで、丸ごと持ち込む事にしたわけだ」
「へぇ……知りませんでした」
「ま、ギルドが買取をしていない山犬なんかは、そんな気遣いは不要だがな」
――それでは、と山犬の方を見れば……
「肉も毛皮もボロボロですね……」
「あ~……俺たちは討伐証明部位だけあればいいからなぁ……」
グリードウルフのような魔獣はともかく、さしたる値打ちも無い山犬の肉や毛皮にまで執着するユーリは、クドルからすれば珍しく思える。そう告げたところが……
「肉も毛皮も、無いと死んじゃいますから」
……サラリと重たい答えが返ってきた。
確かに、あんな危険地帯で自給自足の生活を送るんなら、肉や毛皮は幾らあっても足りないかもしれぬ。なるほどと納得したクドルであったが……
「まぁ、いいでしょう。屍体はこのまま放って置けば、逃げたグリードウルフが餌にするでしょうし」
「……餌?」
逃げたグリードウルフを追わないのはまだしも、餌まで気にするのはなぜなのか。不審に思ったクドルが訊ねてみると、
「今回の経験から人を襲わないグリードウルフが増えたら、助かるじゃないですか?」
「そういう風には考えた事が無かったな……」
実効性のほどはともかく、ユーリの考え方はクドルには新鮮に思えた。
妙な具合に感心していたクドルであったが、やがてその口から一つの提案が語られる。
・・・・・・・・
「冒険者登録ですか?」
「あぁ。ユーリぐらいに腕が立つんなら、すぐにでも上級に手が届くぞ」
そう言われても、僕は冒険者なんかになるつもりは無い。どう答えたものかと言葉を濁していると、逡巡しているのを見て取ったんだろう。登録した場合のメリットを教えてくれた……その内容は、僕にとっては驚愕ものだったけど。
「――それに、冒険者登録しておいた方が、素材の買い取り価格も上がるしな」
……素材って、普通は売るものなのか……
僕にとって素材というのは、生活必需品に他ならない。……売るなんて考えもしなかったよ。
「……お誘いはありがたいんですが、僕には畑もありますし……」
そう答えると、クドルさんたちはしばらく呆気にとられていたが……
「……そう言えばそうだったな」
「ユーリは農園主だったよな……衝撃的な光景のせいで、すっかり忘れてたぜ……」
いや、農民って、害獣との戦いは日常茶飯事なんですよ?
「グリードウルフを害獣扱いかよ……」
「さすが、塩辛山に住んでるだけの事はあるな」
……塩辛山?
「あの……塩辛山って……僕の住んでいる近くにある山の事ですか?」
「と言うか、あの一帯をそう呼んでるな」
名前があったんだ……あそこって。……いや、そんな事より、
「亡き祖父と二人で建て直した住処でもありますし、今はまだ、そんな気になれないんですよ」
よし。これなら言い分も通るだろう。下手に外へ出て、面倒に巻き込まれるなんて御免だからね。
何しろ僕は転生者だ。一応スキルやステータスには偽装をかけてるけど、看破される可能性が皆無というわけじゃない。迂闊に冒険者登録なんかして、バレる危険を冒すわけにはいかない。
「それに……冒険者って、一定期間依頼を受注しないと資格を剥奪されるとか、そういうペナルティがあるんじゃないですか?」
と、ラノベで得た知識を基に質問してみると、案の定
「あぁ……そう言えば、F級にはそういうペナルティがあったっけな。けど、採集でも何でもこなしてさえいりゃ……」
「いえ、だから、僕が住んでいる辺りには、冒険者ギルドなんか無いんですってば。数ヶ月おきに町まで出ていたら、畑仕事の方に差し障ります」
そう重ねて言うと、クドルさんたちは残念そうに引き下がってくれた。
誘ってもらえたのはありがたいけど、僕みたいな若輩者には冒険者なんて荒事稼業は向かないと思うんだよね。田舎でちまちまと害獣退治をしているのが分相応だよ、うん。
――その「害獣」というのが、冒険者たちから恐れられている魔獣である事には、最後まで気付かないユーリであった。




