第二十一章 楽しいハン行 3.狼なんかこわくない(その2)
グリードウルフ。群れを作る狼型の魔獣。草原性で、頭から尻尾の付け根まで約一メートル半。一頭でも強力な魔獣であるが、十頭以上の群れだと危険度は一気に跳ね上がり、どうかすると騎士団でも危ない程になる。戦術の基本は機動包囲戦で、従って自分たちの群れで包囲できない相手には攻撃を仕掛けない。そのため村や大規模な商隊を襲う事はほとんど無く、それがために危険度は過小評価されがちである。条件が悪くなるとさっさと移動してしまう事もあって、魔獣の中でも討伐が困難な事で知られている。
そんな危険な魔獣、しかも七頭もの群れに狙われていると聞いて、全員生きた心地がしないようだ。
しかし、さすがに冒険者のリーダーを務めるクドルは、すぐに気を取り直して指示を放つ。
「全員戻れ! 今のままじゃ各個に狙われる! 馬車の傍に戻れ!」
山犬を蹴散らしていたため、現在冒険者たちは離れた位置に散らばっている。このままでは分断されたまま各個に狩られるだろう。
「ちっ! 山犬どもを追い散らしていたのが裏目に出た……」
「……どういう事ですか?」
「ん? ……あぁ、山の中じゃグリードウルフに出くわす事ぁ無ぇか。グリードウルフの戦術ってのは機動包囲戦でな、群れで相手を包囲してから攻撃するんだ。だから、自分たちの群れで囲めない相手にちょっかいを出す事ぁ、普通は無ぇんだが……」
「山犬を追い廻していて馬車から離れたため、狙われる事になったわけですか?」
「そういうこった……」
現状で最も危険なのは冒険者たちであろうが、その次に狙われるのは馬車だろう。何しろ一メートル半の狼が七頭もいるのだ。四台構成の隊商であっても安心はできない。
「連中が腹を空かせてさえなきゃ、しばらくすれば諦めて行っちまう事も期待できるんだが……」
「あれ? そうなんですか?」
「あぁ。割に合わない相手と見ると、あっさり見限るのは狼系の特徴だな」
……だとしたら、自分を狙ってきた連中は一体何なのだろう。執拗にこっちを狙ってきたのだが……
内心密かに首を傾げるユーリであったが、今はともかくグリードウルフである。
「僕もお手伝いしますよ」
「いや、子供にそんな真似……いや……そうだな、頼む」
クドルの内心では子供を戦闘に巻き込む事への逡巡と葛藤があったようだが、今はとにかく手勢が欲しい。魔の山で五年も生き長らえてきたユーリなら、駆け出しの冒険者以上には使えるかもしれぬ……
「ユーリ君……」
「大丈夫。ドナは危ないからここにいて」
確かに初見の魔物ではあるし、今まで相手にしてきたウルヴァックより大きいが、ユーリに怯懦の色は見えない。危険と言えば危険だが、どうせ魔獣は何だって危険だ。
自分の力量は「最底辺」であると誤解しているが故に、ユーリは対魔獣戦の研究と研鑽に余念が無かった。【田舎暮らし指南】に包含される【対魔獣戦術】のテキストには隅から隅まで眼を通し、内容はほぼ暗記している。この先出会すであろう「自分より強力な魔獣」に立ち向かい、あるいはそれから逃げるために対策を練る事は、ユーリにとっては当たり前の事であった。その過程の中で必然的に、グリードウルフに遭遇した場合についても検討していたのである。
(……ウルヴァックより少し大きいけど……狼系の魔獣には違いないよね)
ウルヴァックは森林性で物陰からの連続奇襲を得意とし、対してグリードウルフは草原性で機動包囲戦を得手とする。そういった違いはあるにせよ……
(狼系の魔獣は、まず足を停めるのが原則――ってね)
散開して猛スピードで迫って来ていたグリードウルフの前に、突如として大小様々な穴と石杭が出現した。穴に足をとられ、石杭にぶつかって動きを止めたグリードウルフの鼻面へ、強烈な【ウォーターハンマー】が叩き込まれる。
(さて……クドルさんの話だと、割に合わない相手だと教え込んでやれば撤退するみたいだけど……)
その点を確認しておきたかったユーリが、いつも使っている【アクアランス】の代わりに、やや致命度の低い【ウォーターハンマー】を使ってみたのである。そうしてみたところが……
「あれ……? 本当に襲って来ないんだ?」
先陣を切って突っ掛かってきた三頭は、どうやら若い個体のようだったが、ユーリの水魔法に恐れをなしたのか、そのままの位置で逡巡している。しかし、その後ろから迫って来るのはもう少し年経た個体らしく、怯えた三頭を焦れったげに、そして蔑むように横目で見ながら吶喊して来た。
「あー……これはもう、仕方がないか……」
同じように穴と石杭を、今度は少し規模を大きくして出現させ、足を停めたところをアクアランスで片付ける。魔力さえ籠めれば岩すらも貫く中級魔法である。まともに食らったグリードウルフに、抗う術は無かった。




