第二十一章 楽しいハン行 2.狼なんかこわくない(その1)
エンド村を出てしばらく経った頃、ユーリの【探索】と【察知】に反応があった。
「クドルさん、狼みたいなのがこちらの様子を窺っているようです」
「何?」
斥候役が何も言ってこないうちから狼らしき動物の存在を指摘したユーリに、「幸運の足音」のリーダーであるクドルは疑いの視線を向けた……が、すぐに考えを改めた。
この子供は――未だに信じがたいが――魔獣の跳梁跋扈する山の中で五年も暮らしてきたらしい。俄には信用できなかったが、昨晩見せてもらったギャンビットグリズリーの毛皮は紛れもなく本物だ。罠を仕掛けたか、毒でも使ったか……手段はともかく、魔獣の気配ぐらい察知できなくては、あの山で生き抜く事など不可能という事だろう。ならば、狼の気配がするというのも、満更出任せではあるまい……
――そう判断したクドルは、直ちに御者台の方へ声をかける。
「フライ、ユーリによれば、この先に狼らしい反応があるそうだ。注意してくれ」
「マジかよ……解った、警戒しておく」
御者台に座っている斥候役の男――フライという名の獣人――にユーリの懸念を伝えたクドルは、改めて目の前の少年を見直す。仮にも獣人の――彼らの感覚は人間より遙かに鋭敏だ――斥候役が気付いていない狼の存在を、この子は一体どうやって察知したというのか……? スキルの事を詮索するのは冒険者のマナーに反するが……
「ユーリ、すまんが……」
「――動き出しました」
だが、その質問を遮るように、ユーリが言葉を被せ、そして……
「リーダー、捉えたっ! 山犬――五頭ほどの群れだ! こっちへ向かってる!」
数瞬遅れて御者台の斥候役からも叫び声が上がった。
「ちっ! 解った。全員下車して用意しろ! 獲物を出迎えるぞ!」
山犬ごときは歯牙にもかけぬ様子の「幸運の足音」。それを頼もしげに見守るアドンとオーデル老人、少しばかり不安な様子のドナ。
そしてユーリはと言えば……
(……山犬のずっと後ろに、こっちを窺うような群れがいるんだけど……多分これ、魔獣だよね。それも山犬よりずっと強い。……用意しておいた方が良いかな……)
馬車の外では「幸運の足音」が山犬たちを蹴散らしている気配がある。これは山犬が一対一であしらえる程度のレベルであり、山犬のように群れる獣は分断して闘うのがセオリーだという事もあるのだろうが……ともかくその過程で冒険者たちはそれぞれ散開してしまっている。さすがに護衛対象の馬車から離れないように注意はしているようだが……
「アドンさん、山犬どもは追い払いました。皆殺しってわけにはいきませんでしたが……」
「充分ですよ。約束どおり報奨金はお支払いします。五頭でしたね?」
「恐縮です。……それとユーリ、今回は助かった。お蔭で……」
「――クドルさん、新手が来ます。山犬よりも反応が大きく、そして速いです。七頭ほどが左手の方から、散開してこっちに向かって来ます」
淡々と凶報をもたらしたユーリを、全員が信じられないように見つめる。
事の真偽を問い質そうとしたところで、馬車の外からの斥候役の叫びがその答えを教えてくれた。
「グリードウルフだっ!」
ユーリを除く全員の顔が、青白く強張った。