第二十章 僕の村は最上だった? 6.エンド村(その4)
「と……とにかくユーリ君、ギャンビットグリズリーの骨は、まだ、自宅に保管してあるのかね?」
オロオロというか恐る恐るというか、とにかくただならぬ様子のアドンを見て、これは引き渡した方が無難だろうかと考え込むユーリ。どうせ【収納】してあるのだから、出すのはいつでも出せるのだが……
「え~と……あぁ、そう言えば、偶々マジックバッグに仕舞い込んでいましたね」
「是非っ! 売ってくれたまえっ! 代金は向こうに着いたら支払うからっ!」
「え、え~と……まぁ、骨くらいなら構いませんけど……」
ユーリの承諾に胸を撫で下ろしつつも、〝骨くらい〟という一語を聞き逃さなかったあたり、アドンもさすがに凡庸な商人ではなかった。
「ユーリ君、〝骨くらい〟と言うと……ひょっとして、胆嚢とかも取ってあるのかね?」
「え? そりゃ、薬の材料になりますし。ギャンビットグリズリーの熊の胆は、他のものに較べて効果が高いらしいですから」
「ね、ねぇユーリ君、それって、薬を作って売るの?」
「まさか。自家用に決まってますよ。うちみたいな僻地だと、薬用素材を他所へ廻すような余裕は無いです」
――そう謝絶したユーリであったが、実のところギャンビットグリズリーの下位互換であるモノコーンベアやスラストボアの胆嚢は、備蓄が余り気味になっている。その上に元来ユーリは健康で、あまり薬を使わない。なのに【調薬(初歩)】の練習を兼ねて、ポーションを作り続けているので、それらは余りまくった状態にある。なので、上位互換とは言えギャンビットグリズリーの胆嚢を確保しておく必要性は、それほど高くないのである。
そういう内心を見抜いたのか、アドンの攻勢は執拗をきわめた。薬の類が必要なら、ローレンセンの薬剤店で求めればいいではないか。毛皮と骨の他に胆嚢まで売れば、大抵の薬は余裕で購入できる筈だ。何なら紹介状を書くとまで言われると、ユーリの心もぐらついてくる。持ち合わせていないと言い抜けようかとも思ったが、そんな高級素材を家に放置する筈が無い、マジックバッグに入っている筈だと先手を打たれては説得力に欠ける。オーデル老人の方は、あんなところへ盗みに入るような剛の者はおるまいと内心で思っているが、旧友の商談に水を差す気は無いので黙っている。結果として、ユーリはギャンビットグリズリーの胆嚢を提供する羽目になったのだが、話はそれだけでは済まず……
「ユーリ君、他に出せるものは無いかね? この際だ。どうかと思うものであっても、マジックバッグに入っているなら見せてもらえないだろうか?」
そう言われると、確かにこの際、処分に困っているものは押し付けた方が良いような気もしてくる。既にギャンビットグリズリーの素材を提供した後なんだから、無難そうなものを少々追加で出しても問題はあるまい。
という、第三者からみると大いに疑わしげな結論の下、ユーリがマジックバッグ――実際には【収納】――から取り出したのは……
「おぉう……こりゃまた、随分と長い……」
「はて、これは……朽ちた木の心材かの?」
「これが心材って……元はどれだけ大きい木だったのよ……」
なにしろ心材とは言っても、直径で二十五センチ以上、長さは十メートル以上ある代物である。元の木が大木だったので 高さも五十メートル以上あったのだが、途中で折れていたのを、それでも長過ぎるとして三等分に切断した、その一本だけを試しに提出したのである。
「ご覧のとおりそこそこの太さがありますし、丈夫そうなので柱にしようかと……」
「冗談じゃない!」
怒鳴りつけんばかりのアドンの剣幕に一同唖然とするが、当のアドンはすぐに恥じ入った様子で詫びを入れた。
「……ユーリ君、よければこれも、当商会に扱わせてはもらえないだろうか?」
「あ、はい。僕は構いませんけど……」
ここでユーリはふと疑問に思う。農作物に対するオーデル老人の反応といい、ここまでの素材に対するアドンの反応といい……ひょっとして、自分は思ったよりも豊かな生活をしているのか……?
そう気付いてしまった時点で、村を出るという選択肢が消滅する。今のままでそれなりに豊かな暮らしができるのなら、自給できないものの入手を考えた方が前向きだろう。オーデル老人とアドンの反応を見るに、農作物や素材を対価としての交易もしくは購入は可能だろう。あとは……広く浅くでいいから、技術を修得もしくは底上げしておく方が良いか。
これらを考えるに、今回アドンについて町へ行くというのは、図らずしも最善手であったかもしれない……
などと考えていたユーリであったが、ふと気が付くと村人たちが近寄ってきている。商人たちとの遣り取り――漫才とも言う――から、再びユーリに対する興味を掻き立てられたらしい。
彼らの関心は第一に、魔獣が跳梁跋扈する魔の山などに、何を好んで住み着いているのかという点に集中した。
「なぜと言われても……屋根があって、井戸があって畑があって……これ以上は無い場所のように思えましたし……」
しかし、魔獣が怖ろしくはないのか――という質問が出かかるのを、機先を制してユーリが言うには、
「それに……今となっては、祖父との思い出の土地ですし……あと、祖父以外の人に会うのが、少し……怖かったので……」
恥じらうように俯き加減に、そして少しだけ哀しげに言葉を紡ぐと、数名の女たちが目頭を押さえて顔を背ける。
……我ながらあざといなぁ――と、享年三十七歳の去来笑有理は思うのであった。
斯くの如く人情に訴えてそれ以上の追及は封じたものの、この国の名――リヴァレーン王国という――を知らないと白状した時には、さすがに全員から呆れられた。
「子供の頃は、何も解らずに祖父について行くだけでしたから……」
そう言って納得してもらったユーリであったが、
(自分が段々ヨゴレていくような気がするな……)
一人密かに落ち込むのであった。




