第二十章 僕の村は最上だった? 5.エンド村(その3)
「ふむ、どうやら商隊が着いたようじゃな」
商隊と言われてそちらを向いた――少し背伸びする必要があった――ユーリが目にしたのは、なるほど確かにキャラバンと言うに充分な馬車の列であった。言っては悪いが、こんな僻地の村に来るのに、馬車が四台というのは多過ぎはしないか?
「なに、馬車の一つは商人と護衛が乗る分じゃよ。それを除けば三台じゃが、普段ならここまで多くはないのぅ。……町の食糧不足は、思ったより深刻なようじゃな」
商人に預ける作物の中には、隣の町で代官に渡す年貢の分も含まれるのだそうだが、それを抜きにしてもかなりな量を買い出しに来たようだ。もう少し持って来た方が良かっただろうかと、少しばかり顔を顰めるユーリ。
「いやいや、自分が飢える危険を冒してまで、食べ物を渡す必要は無いわい。それは儂らとて同じじゃからな」
そう言ってくれるオーデル老人であったが、実はユーリの【収納】の中には、ユーリ一人なら数年食べていけるだけの食糧が確保してある――と、聞いたらどういう顔をするだろうか。そう考えると少しばかりきまりが悪い。次回があったらもう少し供出量を増やす事にしよう。
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その晩、例年どおり――今年は少し規模が大きいが――村を訪れた隊商とユーリをもてなすため、エンド村ではささやかな宴会が開かれた。
辞退しようとしたユーリであったが、歓迎というのはお題目に過ぎず、要は村の連中が騒ぐための名分だと聞いて、素直に歓迎を受ける事にした。どのみちユーリが辞退したところで、名目が商人単独の歓迎会に変わるだけだ。
そんなこんなで開かれた歓迎の宴もたけなわとなった頃、ユーリはアドンという商人と話していた。プチ・コミュ障を自認するユーリにとって、本来初対面の相手との会話は荷が重い。大勢で食い付かんばかりに話しかけてきた村人たちを相手にした時も、内心では引き気味であったのだ。幸い、すぐにそれと察したオーデル老人が間に入ってくれたため、無様な真似には至らなかったが。
ただ、このアドンという商人はその辺りの応対が堂に入っており、引き籠もり気質のユーリでも無理なく話をする事ができた。なるほど、商人というのは凄いものだと、ユーリは感心する事頻りである。首尾良く話が纏まったため、ユーリは明日、アドンというこの商人に同行して町へ行く事になっている。気安く話せる相手なのは幸いだった。
「……それにしても……能く、こんなものが手に入ったね……」
呆れたような声音を漏らしてアドンが検分しているのは、ユーリが持ち込んだ毛皮である。オーデル老人に入れ知恵されて、換金用にと幾つか持参したものだ。その中で一際巨大な毛皮は、ギャンビットグリズリーという熊系の魔獣のものである。大き過ぎて持て余していたものを、丁度好い機会だと持ち込んだのだが――
「……すまん、ユーリってったか? こんな化け物をどうやって仕留めたんだ? 特にこのギャンビットグリズリーってのは、俺たちのようなC級冒険者でも、一パーティくらいじゃきつい相手なんだが?」
アドンを護衛してここまでやって来た冒険者に、どうやって狩ったのかと訊かれる事になった。まぁ、年端もいかない子供が一人で、こんな魔獣を仕留めたと聞けば、不審と関心を抱かない方がおかしいだろう。子供といえども不意討ちや罠、毒などを使えば、あるいは狩る事も可能なのかもしれない。もしもそうなら、その手順は是非とも――仮令その一端なりとも――知っておきたい。そう考えての質問であったが……
「あぁ、猪とかは馬鹿正直に突っ掛かって来るだけですから、割と狩り易いんですよ。熊も……猪程ほどゃありませんけど、まぁ単純な相手ですし」
――いや、他の熊系の魔獣はともかく、ギャンビットグリズリーは決して「単純な」相手ではない。物陰に隠れての奇襲どころか、他の野獣や魔獣を嗾けて気を逸らせたり、態と足場の悪い場所に追い込むなどして、生じた隙を衝いて襲いかかる事も珍しくない。その狡猾で悪辣な性質から、策略を弄するグリズリーと呼ばれているのだ。
「あ~……そういうのを相手にする時は、隠れてやり過ごすとか、不意を衝くとかしてますから」
「いや、そう簡単に隠れたり不意を衝いたりできる相手じゃねぇぞ?」
「そりゃ、僕だって命懸けで隠れてますから」
まぁ、少年のいう事も解らないではない。ただの猪くらいならともかくギャンビットグリズリーなど、手練れの冒険者だってソロで出会いたくはない相手だ。まして彼のような子供など、見つかれば即座に餌にされて終わりだろう。だとしても……
「まぁ、余計な詮索はしないのが冒険者の仁義だ。ただな、遣り口はどうあれ、こんな魔獣を一人で狩ったなんて事が明るみに出たら、目立つのは避けられんぞ? その覚悟はできてるか?」
「え~? ……いえ、僕の村辺りに出て来るのは、経験の浅い若い個体ばかりのようですし……」
「若かろうが年食ってようが関係あるか。ギャンビットグリズリーともなりゃ、最低でも危険度はランクC+、ものによっちゃランクBまでいくんだからな」
目立ちたくないユーリとしては、実にありがたくない話だ。しかし、ギャンビットグリズリーが元凶だというなら、それを放出しなければいいわけで……
――と、考え込んでいると、どうやってかそれを察したらしい商人が焦ったように話に割り込む。余計な事を口走った冒険者――クドルという名で、冒険者パーティのリーダー――を、横目でじろりとを睨みながら。
「いや、その点は大丈夫。出所を隠して売りに出す事も、我々の業界では珍しくないからね。そんな事よりもユーリ君、ギャンビットグリズリーを狩ったのなら、毛皮以外にも色々と採れた素材があるのではないかね?」
「素材ですか?」
肉や内臓は既に美味しく戴いた。残っているのは、薬用にしようと思って保管している胆嚢――別名、熊の胆――と骨ぐらいだ。骨は骨粉にするつもりで取ってあるのだが……
「――ちょっと待ったぁっ!」
「肥料にするって……本気なの……?」
「何て勿体無い事を……ギャンビットグリズリーの骨ともなると、色々な素材に使えるんだよ」
「え? 出汁を取る以外にですか?」
呆気にとられたユーリの発言を聞いて、それ以上に呆気にとられ……その後で悲鳴を上げる商人と冒険者たち。
「待て待て待て待て待てっっ!!」
「ま、まさか……スープにした……なんて……?」
「いえ、まだ出汁は取ってませんけど……」
と、いうユーリの言葉に、脱力しつつ安堵の溜息を吐く一同。金貨数枚から十数枚が動きかねないギャンビットグリズリーの骨格。それがあわや出汁だの骨粉だのにされかかっていたのだ。そんな暴挙を防ぎ得たというだけで、渾身の大仕事をしてのけたような気になる。
そんな冒険者と商人たちの反応を、少し引き気味に遠巻きにしつつも、高みの見物と洒落込んでいる村人たち。望外の一幕芝居まで見られるとは、今年の宴は中々のものだ。