第二十章 僕の村は最上だった? 4.エンド村(その2)
前にも述べたように、田舎で大規模な牧畜などやらかそうものなら、好き餌場とばかりに魔獣どもがやりたい放題という事になる。だがしかし、小規模な飼育であればその限りではない。ならば小規模な飼育でなおかつ利益の上がるものを――と考えた開拓農民たちが思い至ったのが、高品質の獣毛が採れる種類の山羊であった。地球世界でもアンゴラヤギやカシミアヤギのような例があるが、ここフォア世界でも同様の品種が存在している。一介の開拓村で飼育するには不相応な代物だが、幸いに領主がものの解った、しかも進取の気性に富む人物であったので、村民たちの希望は叶えられる事になった。幸運にもこの賭は吉と出て、高品質の獣毛を売った代金で村人たちの生活を向上させる事ができた。ここエンド村は、同規模の開拓村の中では恵まれているのである。
――そう思っていた。……ユーリの廃村を見るまでは。
そんなドナの複雑な感情など気付きもせず、ユーリは初めて見る外部の村に目を輝かせている。そこだけ見れば年相応の普通の子供である。
「この村って、山羊を飼ってるんですね」
「うむ。少数を飼う程度なら、魔獣を引き付ける事もそう無いしの。少数でそれなりの利益を生む家畜という事で、アミールヤギを飼っておるわけじゃ」
「アミールヤギ……ですか?」
「ユーリ君は知らんかの? 柔らかで艶のある毛を持っておって、その毛は高く売れるのじゃよ」
「ははぁ……」
ユーリ自身は家畜の飼育まで手が回らないが、前世の世界でアンゴラヤギだのカシミアヤギだのが毛を採るために飼育されていた事は知っている。また、魔獣の毛を紡いで毛織物を作る事もやっている。なので、オーデル老人の説明はすとんと腑に落ちた。
ユーリも家畜の事は考えないでもなかったが、今回のように村を離れる事があるなら、世話の問題が浮上してくる。何しろ現状ユーリの村には、彼一人しか住民はいないのだ。手軽に布の材料が手に入るのは魅力だが、ユーリの場合は諦めるしかない。尤も、エンド村でも日用の布は、交易などで手に入れているようだ。アミールヤギの毛織物は、普段使いには贅沢過ぎるらしい。
「山羊だと、ミルクとか糞とかも利用してるんですか?」
「いや、そちらはあまり期待できんの。乳を出すのは子供を育てている間だけじゃし、保存も難しいでの。糞の方も、全部の畑に廻るほどの量ではないしの」
「あれ……? チーズとかには加工しないんですか?」
「いや。チーズを作るには仔牛の胃が必要じゃろう? こんな小さな村で、そんな贅沢はできんよ」
「え? 別に凝乳酵素を使わなくても、チーズは作れますよね?」
「何じゃと?」
前世のヨーロッパでは凝乳酵素――仔牛の胃から採れる――を使ったチーズが主流であったが、他の地域では酸や植物性の酵素を使ってミルクを凝固させたチーズも作られていた。その事を知っていたがゆえのユーリの疑問であったが、どうやらこちらの世界では――あるいはこの国では――そういったチーズの製法は知られていなかったようで……
「ふぅむ……酢で固めるとはのぅ……」
「もわっとしたものを布とかで濾してから纏めると、一応チーズになるんですよ。食べ慣れたチーズとは少し違うかもしれませんけど」
酸による凝乳法を教えていると、興味を抱いたらしい村人たちがわらわらと集まって来た。食べ物は、いつでもどこでも関心の的なのだなぁと、妙なところに感心するユーリ。そのまま流れで食物談義と相成った。
「……あぁ、こちらではパン焼き窯があるんですね。羨ましいなあ」
「ユーリ君はパンにはせんのかね?」
「なぜか窯が無いんですよ、うちの村。まぁ、一人分なんで自宅で焼いてもいいんでしょうけど、寝泊まりしている家の竈だと、上手く焼けないんですよね。食事の都度他の家に出向くのも面倒なので」
前世が日本人であったためか、あまりパン食に拘りの無いユーリは、専ら麺類や水団、挽き割り麦の粥などを主食にしていた。米があったら何としてでも確保したであろうが、ざっと見た限りではエンド村でも米は作っていないようだ。ユーリにとって今度のローレンセン行きは、米に関する情報を探るという意味合いも持っている。
「ふむ……ひょっとして、ユーリ君が食べておるのは、あのリコラの団子かね?」
「あ、はい。それも食べますね。今は麦の方が多いですけど」
リコラやダグ、シカの澱粉も、依然として日常の食卓に上っている。そう述べると、なぜか村人たちが身を乗り出した。
「?」
「いや、のぅ……村の衆にリコラの団子の事を話したら……その……」
どうも、ドナがリコラの団子の事を自慢たらたら触れ廻ったらしい。そのせいでリコラの澱粉に対する村人たちの関心が、予想以上に高まったようだ。
「……オーデルさんに言われたとおり、見本に少しばかり持ってきましたけど……」
何しろ原料は有毒植物である。しっかり毒抜きしているとは言え、何かあったら一大事。持ち出す予定は無かったのだが、オーデル老人から村のみんなに教えてほしいと乞われて、見本に少しだけ持ってきたのである。
説明用のリコラの根を見せて、毒抜きの方法を詳しく説明する。この世界のリコラは、元いた日本のヒガンバナとは違って、種子でも殖える。言い換えると、遺伝に伴い毒の強弱も変化する可能性がある。なので、毒抜きはしっかりするように、口を酸っぱくして強調しておく。尤も、運が悪いと死ぬと脅かしたため、村人たちの意欲は――実際に団子を食した三人を除いて――大分薄れてきたようだ。
リコラに代わって村人たちが興味を示したのが、ダグやシカなどの団栗である。こちらもリコラ同様にアク抜きできる上、量を確保するのが楽だという事、何よりもアク抜きに失敗しても死にはしないという事が、村人たちのハートを掴んだらしい。幸いこれらの団栗は、村の近くにも生えている。先月のうちにオーデル老人から話を聞いた気の早い数名の村人が、まだ青いそれらの団栗を水晒ししたものを試食して、好感触を得たらしい。
「生垣みたいにして栽培しても好いかもしれませんね。落ち葉なんかは肥料にも使えますし、日除け風除けにもなるんじゃないですか?」
「なるほどのぅ……一朝一夕にとはいかんが、長い目で見ると益が多そうじゃな」
その他ユーリは問われるままに、山野の幸の利用法から、自然農法・益虫という概念・コンパニオンプランツ・肥料の三要素などの事を話していく。それらの多くは、長年農業に携わってきた村人たちにとっても耳新しい知識であった。半信半疑の者も多かったが、何しろオーデル老人を始めとする三人が、実際にユーリの畑を目にしている。なので、村人たちの態度も次第に熱が入ってきた。ユーリの教える内容はかなり高度な技術だが、幾つか試してみるのもいいだろう。
そんな感じでユーリの講義を聞いていると、やがて村の一角が騒がしくなった。




