第二十章 僕の村は最上だった? 3.エンド村(その1)
三人の道案内で、僕はエンド村へと足を向けた。この世界に転生させてもらってから初めて、つまりは生まれて初めての「他所の村」だ。ボロを出さないように注意しないと。【ステータスボード】を始めとするスキル類は、戻って来るまでは封印しておいた方が良いだろう。
エンド村までは徒歩で四時間くらいかかるらしい。オッタさんや僕だけならもっと早く着くんだろうけど、連れがお年寄りと女の子だから、無理に急ぐ事もできない。まぁ、ピクニックのつもりでのんびり行こう。
――などと考えているユーリだが、その自分こそが一行の中で一番の「子供」だという事実には気付いていない。尤も、他の三人もユーリを子供扱いしようなんて気は、とうに失せているのだが。
もうそろそろエンド村が近いというところで、ユーリがそれに気付く。
「……あの、オーデルさん、野蒜……いえ、ハイラがかなり生えているようですけど、誰も採らないんですか?」
「うん? ……それは、リコラではないのかね?」
「いえ? 似てはいるけど、違いますよ。ハイラといって、毒はありません。根も葉も一年中食べられますよ」
驚いた様子の三人に事情を訊いてみると、以前は採っていた者もいたらしいが、間違えてリコラを食べて中毒した者が出てからは、恐れて食べないようになったらしい。確かに前世の日本でも、ノビルと間違えてヒガンバナを食べて中毒する事例が多かった。世界は違えど同じような誤食事故が、ここでも起きているらしい。
ともあれユーリはハイラを採集し、見分け方のコツを教えておく。使い勝手の良い野草だし、幾つかは村内に植えておいてもいいだろう。
・・・・・・・・
「これが、エンド村……」
「そうよ。ユーリ君、エンド村へようこそ」
見たところ、村の規模はユーリの廃村よりずっと大きい。軒数も多いが、何よりも一軒当たりの耕作地が広い。……と言うか、実はユーリの廃村が、平均よりもずっと小規模なのである。
元々ユーリの廃村は、岩塩採掘用の拠点として造られた。従って普通の村とは違い、年貢分の作物を作る必要が無い。年貢は岩塩の物納で賄っていたのだ。自給分だけを作ればいいなら、耕作地の面積は半分以下で事足りる。入植した戸数もエンド村より少なかったため、廃村の規模はエンド村の三分の一程度しかなかったのだ。まぁ、その広さでもユーリ一人で維持するのは手に余るのだが。
ユーリの廃村の三倍近い規模を誇る――いや、平均的に見れば決して大きくはないのだが――エンド村の周囲は、二重の柵に囲まれていた。仮に野獣が外の柵を破っても、内側の柵を破らなければ、間に閉じこめられるだけである。動きを妨げられた野獣なら、狩るのもさして難しくはない。
(……なるほど。能く考えてるなぁ……)
ユーリは感心する事頻りだが、実はこれ、こちらの世界の農村のスタンダードな形態であったりする。
感心しているユーリを連れて、オーデル老人が村を案内してくれる。
ユーリが説明を受けた限りでは、この世界の……というか、少なくともエンド村の農業は、かなり生産性が低いようだった。ただしそれには、こちらの……フォア世界の農業が遅れているのだとは、一口に言い切れない部分があった。魔獣の存在である。
ここフォア世界では、山野に跋扈する魔獣のために、郊外の村々は強いストレスに曝されている。魔素の豊富な山林に近づき過ぎると魔獣の活動領域に踏み込む事になり、結果として村が魔獣の襲撃を受けるのである。従って、山林付近での放牧や採集は著しく制限されている。木材などは、領主が領軍を率いて安全を確保した状態で一気に大量に伐る事で、どうにか需要を満たしているのが実情であった。その場合も、森の深い部分に踏み込む事は避けるのだが。
そんな状況なので、多数の家畜を放牧するなどは夢のまた夢。それどころか、魔素の濃い郊外で下手に家畜を殖やそうものなら、好い狩り場とばかりに魔獣を呼び込む事にすらなりかねない。家畜の存在を基本としたヨーロッパ式の農業は、この世界の田舎ではまず成立しようが無かったのである。
山から腐葉土を採ってくる事もできず、小数の家畜の糞だけでは肥料には足りずで、いきおい人糞の肥料化が進む事になった。尾籠な話で恐縮である。ともあれ、そうやって肥料の確保に努めたものの、耕地面積からすればそんなものは焼け石に水であった。何しろ貧農と目される者たちですら、三ヘクタール程度の畑を維持している例は珍しくないのだ。
「……という事で、痩せた土地は一年以上休ませる必要があったんじゃが、ユーリ君がくれたソヤ豆のおかげで、事態が好転しそうな気配なんじゃよ」
「……はい?」
ユーリが豆の種子を分けたのは、つい先月の事である。幾ら何でもそんなに早く成果は上がるまいと訝っていたのだが……
「いや、痩せたはずの土地でもソヤ豆は青々と茂っておる。と、いう事はじゃ、少なくとも収穫後のソヤ豆の葉や茎を肥やしとして鋤き込めば、土の状態は改善される理屈じゃ」
他の草ではこうはいかん、と言うところをみると、緑肥を試してみようとした者はいたらしい。ただ、鋤き込もうにもショボい草しか生えなかったのだという。
「今はソヤ豆を殖やす事を第一に考えておる。上手くいけば土地を休ませるのは一年くらいで済むかもしれん。そうすれば、耕せる畑は一気に増える」
働き手の方はどうするのだろう――という疑問が一瞬ユーリの頭をかすめたが、それはこの村の問題だと考え直す。何にせよ耕作地が増えるのは良い事だ。
「それに、ユーリ君に教わった草も好い具合でな。山羊たちも喜んでおる」
ユーリは資源探索の過程で偶々ウマゴヤシに似た草を見つけており、これを緑肥として栽培化していた。地球のウマゴヤシと同様に根粒菌を共生させて空中窒素の固定を行なうため、緑肥としても優れている。また、「馬肥やし」の名が示すとおりに、飼料作物としても優秀であった。
ユーリ本人は飼料として利用する機会は無かったが、エンド村の周辺にも生えているというこの草を、休耕中の緑肥兼飼料として使う事を提案しておいたのである。
尤も、山羊たちが盛んに食べるために、緑肥に使う分が心細くなっているそうであるが。村の者たちがせっせと付近から集めては植え付けているらしい。
――そう、この村では山羊を飼っているのであった。