第十九章 不思議な少年 5.齟齬と困惑
勘違い気味のユーリのカミングアウトに何か言いかけたオーデル老人であったが、その出端を挫くようなタイミングでユーリが塀の扉を開けて、二人を自宅に誘った。なので二人もそれ以上何も言えず、ひとまず追及の手を緩める事にする。
異常さ丸出しの塀に囲まれた家の方はと言えば、案に相違してごく普通の――大きい事は大きいのだが――民家のように見えた……家の中に入るまでは。
「「……え?」」
扉を潜ると十五畳……ざっと二十五㎡ほどの土間になっており、右手の端には流し台と竈が設えてある。ここが台所であるらしいのはまぁいいとして……問題はその奥であった。土間に接する残りの部屋は、いずれも高床になっていた。
戸惑っている二人に少年が告げる。自分の故郷の風習なので、家の中――高床部分の事らしい――に上がる時には履き物を脱いでくれと。そう言いつつ、水を入れた桶と雑巾を二人の前に置いた。足を拭って上がれという事なのだろう。
初めて尽くしの様式に戸惑いながらも、二人は言われたとおりに履き物を脱いで、雑巾で足を拭ってから部屋に上がる。屋内は塵一つ無く清掃が行き届いているようで、石造りの床には毛皮が敷いてあり、素足でも不快な感じはしない。
台所から続く十二畳――ざっと二十㎡ほど――の区画は食事のための部屋らしく、石造りのテーブルと椅子が置いてある。少年はそこに二人を誘うと、席に着いて待っているように告げた。そのまま台所に舞い戻ると、片隅の水瓶から水差しに水を汲んで戻って来た。やはり石造りらしいコップ――少し重い――に水を注いで手渡す。そろそろ日中は汗ばむ季節。冷たい水は何よりの馳走である。
「それで……お二人は何をしにこちらへ? ……あ、申し遅れました。僕は目下この村の唯一の住人で、ユーリといいます」
礼儀正しく名告られて、二人も慌てて自己紹介をする。自分たちの名前と、エンド村の住人である事、そして、この辺りに足を伸ばした理由を。
「……え? 下では食料が不足気味なんですか?」
初耳ですと言わんばかりの態度に、二人は改めて不審の念を強くする。自分たちの村でさえ食糧の余裕はそれほど無いというのに、子供が一人でやっている村で不足が無いとはどういう事か。
「そう言われても……元々そこそこの広さがあった畑で、現状は僕一人しか食べていないわけですから」
いや、子供が一人でこの面積の畑を維持しているのがそもそもおかしいだろ……などという突っ込みはひとまず措いて、オーデル老人は肝心な事を質問する。
「すると……食糧の蓄えは充分にある、そういう事かね?」
「充分に、と言えるほどではありませんが……まぁ、それなりには」
生来ユーリは用心深い……と言うか心配性で、目の前に石橋があったら執拗に叩き続ける習性を持っている。それこそ、終いには叩く事に熱中するあまり、石橋を叩き壊して目標を達成したような気になるくらいに。
そんな性格のユーリであるから、農作業一つとっても、自分一人が食べる分を賄えさえすれば充分――などという判断は間違ってもしない。万一に備えて備蓄を確保できるだけの生産量を目標にする。
そしてその作付面積は、ユーリの成長と共に年々増えていくのである……ユーリ一人で対応できる限界まで。
転生から五年を経た現在、ユーリの手元には本人基準でそこそこの――換言すれば、ユーリが優に二年以上食べて暮らせるだけの――食糧が備蓄されていた。
ただし、その内訳は世間一般の農家とはかなり違っており……
「それは小麦かね? それともライ麦とか?」
「あ、いえ。勿論小麦もありますが、種類としては色々ですね」
「色々?」
不審そうな声を上げたドナに、ユーリは備蓄食糧の内容を説明していく。小麦・裸麦・蕎麦・芋・豆・栗・胡桃・干し野菜・干し肉……それに
「……澱粉……って、何?」
「何と言えばいいのかな……要するに、シカやダグの実だとか、リコラの根だとかを潰して水に晒した粉ですよ」
「「……え!?」」
二人の基準からすれば、そういうものは食料とは言わない。毒だのアクだのエグ味だのがあって、まともに食べられる代物ではない筈だ。
「いえ? 水で晒してアクや毒を抜けば、普通に食べられますよ?」
なおも疑い深そうな二人に、論より証拠とリコラの澱粉で作った団子を出す事にする。冷水で好く冷やした団子に薄めたメープルシロップをかけた、日本風に言えば白玉団子というやつである。
おっかなびっくり怖々と口に運んだ二人の目が見開かれ、あっという間に皿は空になった。
「これがリコラの根なのかね!?」
「上にかかってたのは木蜜じゃない! ユーリ君、一体どこでこんなもの……?」
「はい? 作るのは確かに手間ですけど……」
「「作る!?」」
「えぇ……あの……どうかしましたか?」
なぜか事毎に自分と二人の認識が食い違っているらしい事に、遅蒔きながら気付いたユーリであった。