第十九章 不思議な少年 3.対面と招待
音を立てて石壁の扉が開いた時、祖父と孫娘の脳裏に閃いた想いは一つであった。
――逃げ遅れた!
しかし、そんな二人の後悔と怯えを他所に扉は開き……
「「……子供……?」」
訝しげな二人の前に現れたのは、どうみても十歳かそこらにしかみえない子供が一人だけであった。
その子供は黙って塀の外へ進み出ると、二人の方を向いた。誰か、何用か、と誰何するように。
「え、えぇっと……」
口を開いてはみたものの、こういう場合に何と言ったら良いものか判らない。大人びているとは言っても、ドナとてまだ十四歳の少女に過ぎないのだ。人生経験が不足している。
ちらりと傍らの祖父に目を遣るが、祖父は黙したまま応えようとしない。これ幸いと孫娘に交渉を丸投げする事にしたようだ――という事は、祖父にも良い知恵が浮かばないという事だろう。
諦めて再び少年の方に目を向ける。年格好から見て十歳ぐらいか、それをいくらも越えてはいまい。粗末ではあるが清潔そうな衣服を纏い、腰には剣鉈のようなものを帯びている。
それにしても――と、ドナは思う。なぜ他の大人は姿を現そうとしないのか。声も気配も無いところをみると出かけているのか? いや、しかしそれでも全員が留守という事はあり得まい。こんな子供一人に全てを押し付ける気なのか。だとしたら、何でそんな事を……
……と、そんな事に考えが至った――現実逃避とも言う――ところで、目の前の少年が口を開いた。
「……エンド村から来られた方ですか?」
後から考えれば別に不思議は無いのだが、この時は少年が喋ったという事に驚愕して、二人はただただ頷く事しかできなかった。
首振り人形のようにカクカクと。ものも言わずにただそれだけを。
その様子が余程おかしかったのか、少年はふと視線を和ませる。
「ともかく中へお入り下さい」
・・・・・・・・
頑丈そうな、それも今までに見た事が無いような――これは祖父であるオーデルも同じ――石壁に驚いていた二人であったが、中へ入って再び驚く――あるいは訝しむ――事になった。
まず、村――とりあえず村でいいだろう――の中が実に整然としている。自分たちの村がそうであるように、大抵の村であれば、路の片隅や軒先などに何やかやと積み上げられたり放置されたりしているものだ。家畜がいる場合は、新鮮な「落とし物」が残っている事も珍しくない。
なのにここにはそういうものが一切無い。生活臭に乏しいと言えば良いだろうか。
おかしいと言えば、立ち並ぶ家もそうである。ざっと数えて三十軒以上の家があるようだが、どれもこれも妙に古びている。祖父が言うには、八年前にここを通った時には、あの石壁は無かったそうだ。立ち腐れた木の柵、あるいはその残骸が並んでいただけだという。また、六年前にこの辺りを通った筈の村人も、何の異変も報告していない。
それが事実であれば――嘘だと疑う理由は無い――この村の家は、できてから精々五年くらいの筈。なのにとてもそうは見えない。
前からあった家を修理して再利用……という事も考えられるが問題は、目に見える家々がどれもこれも古びたままで、補修された様子が無い事である……井戸の近くの数軒を除いては。
その反面で、畑の方はかなりきっちりと手入れがなされている。二人はこれでも農民である。畑の事についてはそれなりに詳しい。その二人の目から見ても、畑の作物は自分たちの村に負けないくらいに……いや、はっきりと言ってしまえば、自分たちの畑以上に良好に手入れがされている。
――と言う事は、ここには少なくともそれだけの――エンド村と同程度の――働き手がいる筈だ。……なぜか一人の姿も見ていないが。
「ね、ねぇ君、他の人たちはどうしたの?」
好奇心に堪えかねたようにドナが訊ねたが、振り向いた少年の答は、これまた驚愕すべきものであった。
「いません」
「「――え?」」
「ここに住んでいるのは僕一人です」




