第十九章 不思議な少年 2.遭遇と驚愕
「何じゃ……アレは……?」
廃村があった筈の場所は、頑丈そうな石壁でぐるりと囲まれている。だが……
「前に来た時は……こんなものは無かったぞ……」
「……それ、本当……? お祖父ちゃん」
「嘘なぞ言って何になる。八年前の狩りでここを通りかかった時には、柵の残骸があっただけじゃ。それに……」
「――それに?」
「六年前にこの辺りを通った筈のビットのやつも、何も言うておらんかった。こんなものがあれば、あのお喋りが黙っておる筈が無かろうが」
「そうよね……」
呆然と立ち竦む二人であったが、若い分だけ精神が柔軟なのか強靱なのか、ドナが最初に立ち直った。そしてそれと同時に、今自分たちがいる草原の様子が普通でない事にも気付く。
ただの草地とばかり思っていたが、生えているものの多くが救荒食として知られているものである。毒草も幾らか混じっているようだが、その反面で歴とした作物も混生している。逆に、正真正銘役立たないものはほとんど無い。
何よりも、この草地と周囲の藪との間には、明確な境界が存在している。
「お祖父ちゃん……ここって……」
その頃には、祖父であるオーデルもこの草地の異常性に気付いていた。こういう植生には心当たりがある。畑の近くの空き地や草地で、救荒作物を植えている場所が、丁度こんな感じになる……
「……畑の周りの草地に感じが似とる。という事は……」
近くに畑があるのだろう。恐らくは、あの頑丈な石塀の向こう側に。
だが……これほどの石塀を造り上げるとなると、あの向こうには一体何人の村人が住んでいるのか。それにしては物音一つ聞こえないのも、不審を通り越して不気味である。
(「……ドナ、村へ戻るぞ。村の皆にこの事を伝えにゃならん」)
(「うん、お祖父ちゃん。静かに、だよね」)
(「そうじゃ。ここに住んでおる者がどういう了見の持ち主か、判らんでな」)
「砦」――あれはもはや廃村などではない――の住人に気付かれぬようにと、足音を忍ばせて回れ右……しようとした二人の前で、石塀の扉が音を立てて開いた。
・・・・・・・・
(わぁ……お客さん……かな? かれこれ五年ぶりの人間だ)
二人が「村」――ユーリ一人しか住んでいない廃村を村と言っていいのかどうかは微妙であるが――に近づいた時点で、ユーリはそれを「察知」していた。いや、実際にはそれ以前に、馴染みの小鳥たちが教えてくれたのであるが。
(やっぱり……あの村の人たちかな? ……エンド村だっけ?)
先人が残した地図――板に描かれたもの――にエンド村の事が載っていたので、ユーリも村の所在だけは知っていた。転移した当初などは、冬越しが無理ならそこを頼ろうと考えていたほどである。しかし、自力で何とか冬越しができて、それ以降もどうにか生活できるとなると、村を訪れるという選択肢は、元々人付き合いの得意ではないユーリの心の片隅へと追い遣られていったのである。……と言うか、実際にはほとんど忘れていた。
しかし、こうして二人の人間がここへやって来たのを見て、さてはエンド村の住人かと思い出す程度には、記憶の隅に留めていたらしい。
(……どうしよう。このまま黙って帰すと……キャスティングボートを相手に握られる事になるよね。……それは悪手かなぁ……)
斯くいう考えと打算の下に、ユーリは二人の人間と接触を持つ事を決断した。
去来笑有理――改め、ユーリ・サライ。
当年とって十二歳。
彼がこの廃村に転生してから、既に五年の歳月が経っていた。
主人公十二歳。これで脱・草間疑惑……という事にはならないでしょうか?
(cf. 拙作「従魔のためのダンジョン、コアのためのダンジョン」挿話 〝とある三文作家〟シリーズ)