第十八章 この鉄はいかに鍛えられたか 3.製錬(その2)
魔法の併行発動には慣れた――普通は慣れる事ができるようなものではない――とは言え、同時に五つの魔法を併行発動するなど、いかなユーリでも無理な相談であった。それでも一応試してはみたのだが、案の定魔力のコントロールに失敗した。
「……どうせ屋外でやるんだし、換気は自然拡散で充分だよね……」
――と、いう判断で風魔法を省く事にしたが、それでも四つの魔法の同時発動である。苦心惨憺して魔力をコントロールし続けた結果、どうにか鉄の製錬に成功する。
「……でき……た?」
何しろ鉄の製錬など初めてである。できあがったものが正しく「鉄」なのかどうかは判らない。なので早速【鑑定】してみたところ、間違い無く鉄であると表示された。ただし、製錬の過程で炭素を吸収するような事が無かったため、炭素含有量の低い、いわゆる「錬鉄」というものができたようだ。
「え~と……炉内温度が低いと炭素含有量の低い錬鉄ができるのか……鉄は炭素含有量が低いほど融点が高くなるから、今のように固体状態の還元鉄が得られる……粘り気がある反面で硬度は低いと……刃物には向かないか……」
この錬鉄をいわゆる鋼に加工するためには、炭素の供給源として木炭やコークスなどが必要になる。【錬金術】であれば直接に炭素と結合させて鋼を作る事もできようが、生憎ユーリは【錬金術】を持っていない……。
未練たらしく自分のステータスを確認したユーリであったが、すぐに目を剥く事になった。
「錬金術が解放されてる……?」
ついさっきまでグレー表示となっていた筈の【錬金術(初歩)】が、いまは普通に表示された状態になっている。……いや、この言い方は正しくない。
「錬金術」という文字がきちんと表示されているのは確かなのだが、そこにあるのは【錬金術(初歩)】ではなく……
「【錬金術(怪) 見習い】って何だよ……」
どうやら真っ当な修得過程を経ずに、各種の魔法を乱発して創意工夫に富んだ還元反応を生ぜしめたため、このような形での部分解放となったようだ。「初歩」ではなく「見習い」の文字が付いているのがその証しらしい。ユーリが確かめてみたところ、見習いだけあって酸化と還元が使える程度で、鉄に炭素を添加するという肝心の反応はできないようであった。
「それでも、面倒な還元工程を錬金術でやれるだけ、楽は楽なんだけど……」
できあがった錬鉄をどうするかの目処は、依然として立っていない。
「……このままでも、鍋釜くらいには使えるか……いや待て」
魔製石器を作った時の要領で変形と硬化はできないものか。一応試してみたところでは、変形自体はできたものの、硬化させるにはかなりの魔力が必要らしい事が判った。正直、やりたくないほどの。
「そうすると……正攻法で鍛造するしか思い付かないんだけど……」
鍛冶屋がやっているように木炭を燃やした炉で加熱してやれば、浸炭については何とかなるだろう。ついでにトンカチと鍛冶の真似事でもやっていれば、上手くすると鍛冶のスキルが解放されるかもしれない。どうやらこの世界では、あるいはユーリの場合は、一度は手作業で作らないとスキルは――少なくとも真っ当な形では――解放されないようだ。
「ただなぁ……それで上手く【鍛冶(初歩)】が解放されるって保証が無いんだよなぁ。下手をすると、折角作った錬鉄が無駄になっちゃうし……」
生憎と【田舎暮らし指南】には、鍛冶作業の大雑把な説明は載っていても、詳しい手順までは記されていない。鍛冶の細かな手順などは、【鍛冶(初歩)】を解放しないと表示されないようだ。つまり、スキル以外の手段で鍛冶の知識を得ない限りは……
「うん。しばらく放って置くしか無いね。鍋釜に変形する程度なら土魔法でも大丈夫だし、刃物は今のところ魔製石器で何とかなってるしね」
それでも、何かの時のために、素材としての錬鉄は確保しておこうと決意するユーリであった。
これにて第一部終幕となります。