第十八章 この鉄はいかに鍛えられたか 2.製錬(その1)
特殊鋼のロマンにしばし思いを馳せたユーリであるが、目下の問題はその手前、特殊でない普通の鉄をいかに入手するかである。
原料となる砂鉄を行き掛かりで手に入れた以上、少なくともそれを回収してインゴットにするくらいはやっておきたい。できればその先、鉄製のあれこれを造り出すところまでは進めておきたい。魔製石器で大体間に合っているとは言え、重さが必要な剣鉈や斧・金槌、熱伝導の良い鍋釜など、欲しいものは色々とある。あるのだが……
「問題は、酸化鉄の還元法なんだよな……」
古代から現代に至るまで様々な製鉄・製鋼法が開発されてきたが、基本的には酸化鉄を一酸化炭素と反応させて還元する、この点は共通している。あとは反応の温度によって、炭素や不純物の含量であるとか、固体なのか溶融状態なのかが変わり、それに応じて加工の方法も変わってくる――その程度である。
「そうなると……どうやって一酸化炭素を作るかって話になるんだけど……」
できるだけ純度の高い炭素燃料を酸欠状態で燃やす、これに尽きる。
ここで問題になるのが、「できるだけ純度の高い炭素燃料」というやつである。要は木炭かコークス――石炭は硫黄などの不純物が多いので、できあがった鉄の品質が悪くなり、お奨めできない――があればよいのだが……
「コークスは石炭を蒸し焼きにして作るから、石炭自体が無いここでは手に入らない。木炭を作るには大量の木材を消費するから、森林破壊の原因になる……どちらも駄目だね」
自分一人が製鉄に使う分くらいなら大丈夫かとも思うが、手間暇労力を消費する事は変わらない。
ならば魔法で……と言いたくなるが、火魔法は熱を生み出しはするものの、一酸化炭素なんていう無粋な代物は出てこない。よって、製鉄という目的においては棄却せざるを得ない。
なら、異世界もののもう一つの定番、錬金術ならどうか?
【田舎暮らし指南】師匠にお伺いを立てたところ、【錬金術】では直接に酸素を除去して還元するような事をしているらしい。何ともチートじみた話であるが、どのみちユーリは現時点で錬金術を持っていないため、問題外である。【田舎暮らし指南】によれば、努力次第で取得――と言うか、アンロック――は可能らしいから、一応確認しておいただけだ。
風魔法で一酸化炭素を発生させる事は可能なようだが、前述の通り現時点ではスキルレベルが足りていない。
「これは……今は諦めて時期を待て――っていう、神様のご託宣かなぁ……」
普通ならここで諦めて次の機会を待つところだろうが、滾りに滾ったユーリのモチベーションは、そう易々とは鎮火しない。何はヒントは無いかと、自分が保有している魔法を調べていたところ……
「闇魔法の……【腐蝕】?」
製紙の時にも使った事があるが、本来これは物質を腐蝕させて脆くする魔法らしい。鉄製の武器などにかける事で、それをボロボロにする事ができるようだ。
「……鉄を錆びさせるっていうなら……つまりこれって、酸化だよね……?」
酸化があるなら還元だってある筈だろう。そう思い、意気込んで探してみたところ、「酸化」も「還元」も見つける事はできなかったが……
「【毒化】……?」
色々と物騒な名前のスキルが並ぶ闇魔法であるが、その名に反して意外にも使い途の広そうな、化学反応系のスキルが揃っている。そしてこの【毒化】の一つに、二酸化炭素を一酸化炭素に変える反応があったのである。
一酸化炭素確保の目処は付いた。
・・・・・・・・
大量の磁鉄鉱――と言うか砂鉄――を持ち帰った数日後、村の一角で製鉄に挑戦しようとするユーリの姿があった。
ただし、普通の製鉄には必須である筈の炉は影も形も無い。
貴重な燃料の大量消費を避けるために、ユーリは熱源として魔法を使うつもりであった。ゆえに燃料も炉も必要無いのである。
「え~と……無魔法で保持して、火魔法で鉄を加熱、闇魔法で還元、得られた鉄を土魔法で変形。それに加えて、一酸化炭素中毒にならないように風魔法で換気……うん、無理」




