第十八章 この鉄はいかに鍛えられたか 1.砂鉄の発見
更に時間が経過して、今回は三年目の話になります。
「……やっぱり、砂鉄だよなぁ……」
地崩れか土が何かで剥き出しになった斜面を【鑑定】しながら、ユーリは呟いた。崩壊した土砂を何の気無しに――何か見つかれば儲けものという感じで――【鑑定】していたところ、砂鉄を確認したのである。
《砂鉄:岩石中に含まれるジテッコウ等がフウカの過程でボガンから分離したもの。主成分としてシサンカサンテツを含み、黒色、ジセイを持つ。製鉄原料として使われる》
鑑定結果の所々がカタカナの灰色表示になっているのは、こちらの世界にはまだ存在しない概念のため、日本での単語をそのまま使用している箇所である。普通の日本語に翻訳すると……
《砂鉄:岩石中に含まれる磁鉄鉱等が風化の過程で母岩から分離したもの。主成分として四酸化三鉄を含み、黒色、磁性を持つ。製鉄原料として使われる》
「製鉄原料かぁ……」
この廃村――密かにユーリ村と呼称している――に足りないものは色々とあるが、金属製品はその一つである。先住者たちが離村する時に洗い浚い持ち去ったため、現在村にある金属製品は、壊れていたものや錆びていたもの――村落跡から回収したものを含む――を土魔法で補修した鍋釜と庖丁ぐらいである。大抵の場合はユーリが土魔法で作製した代用品で賄えているため、実際面での不足や不都合は無いのだが、できれば入手はしておきたい。
ただ、これまでは入手の当てが無かったのである。
ユーリがこの地に転生してから三年目の、この時までは。
「う~ん……砂鉄自体を土魔法で弄くっても、鉄に精錬するのはできないみたいなんだよなぁ……形は変えられるみたいだけど……」
少し説明をしておこう。
この世界の土魔法は、土という混合物を混合物のまま流動・変形させ、硬化させる事には秀でている。その反面で、例えば酸化鉄から酸素を抜いて鉄に変えるなど、元素などの追加や除去による物質の変化は不得手であった。それは錬金術の領分である。なので砂鉄を集めても、それを還元して鉄にするのは、況して適量の炭素を追加して鋼に精錬するのは、土魔法だけでは難しい。
……というような常識を知らないのが、転生者たるユーリのユーリたる所以である。この時も頼みの【田舎暮らし指南】で製鉄の方法を調べ、高温で一酸化炭素と反応させて酸化鉄を還元するという手順を知る。たたら製鉄などがその例であるが、炭素源として大量の炭を消費するという事も知った。
「そこまでやるのも面倒だしなぁ……僕一人が使う道具を幾つか作りたいだけなんだし……」
ここで――要するに一酸化炭素というのは気体である。だったら、風魔法でどうにかなるんじゃないか――と、余計な事に気付いてしまうユーリ。迷わず【田舎暮らし指南】師匠にお伺いを立てたところが……
「あ、やっぱりできるんだ……今の僕じゃ無理だけど……」
風魔法のレベルが6以上に上がっていれば、ある程度なら気体の変化は可能らしい。さすがに無制限というわけではないが、幸い二酸化炭素を還元して一酸化炭素を生成するのは、高温条件さえ与えればそう難しい事ではないらしい。
なので――小規模であればという但し書きが付くが――火魔法と風魔法を併用すれば、砂鉄を精錬して鉄を造る事はできるようだ。ただ、こうして得られた鉄は軟らか過ぎるため、別途に炭素を浸炭して鋼――所謂炭素鋼――にしてやる必要がある。が、それに使用する程度の炭なら大した量ではない。
更にクロムやニッケルを添加できれば、所謂ステンレス鋼の製造も可能なのだが、現状では純度の高いクロムやニッケルの入手は困難であった。ただ……
「珪素かぁ……石英なら多分手に入るし……あれって二酸化珪素だったよな……」
フォア世界に特殊鋼がお目見えするのは、そう遠い日の事ではないかもしれない。