第十六章 ざら紙起工 1.挫折と克服
ユーリ自作の暦――転生前日の日時を基準にしたもの――では十一月も終わりに近づいたある日、寒い寒いとぼやきながら外出から戻ったユーリが【収納】から取り出したのは、ある意味で彼が最も心待ちにしていたもの――紙の原料であった。転生してからこのかた、食糧その他の必需品の確保に明け暮れていたが、冬も間近となり食糧採集も一段落付いたこの時期に、ようやく製紙の原料植物であるケンファとネリを収穫する事ができたのである。
実を言えば、収穫そのものはもっと早くにできたのだが、防寒用の衣料の確保が優先されたために、この時期までずれ込んだわけだ。尤も、肝心の冬物ズボンは製作が間に合わず、代わりにレザーパンツを着用しての収穫作業となったのだが。
「けど……ようやくこれで紙が手に入るんだな……上手くいけばだけど……」
呟きながら、ユーリはちらりと部屋の隅に積み上げられた石版の山に目を向けた。
実は、生前のユーリこと去来笑有理は記録魔であった。
日常生活で見聞きした事や思い浮かんだ事は全て、常時持ち歩いているメモに書き残し、その日の終わりに日記として清書するのを日課にしていた。また、特に別記しておいた方が良いと思われるような情報は、また別のノートに書き残していた。
これは子供の頃からの習慣であるが、どうも最初は物忘れを直すために親に言われて始めたような気がする。物忘れの方はその後少し改善したが、メモを取る習慣はそのまま残って今に至っているわけだ。尤も晩年――享年三十七歳――には、紙のノートではなくパソコンに記録するまでに進化していたが。
かつて担任教師から東条英機に喩えられたほどの記録癖は転生後もそのままで、ユーリとしては記録したい事は山ほどあったのだが、肝心の紙が無いという壁にぶち当たっていたのである。尤も、それで記録を断念するようなユーリではなく、土魔法で石版を生成してそれに記録するという代替手法を編み出してはいたが。
その石版も既に山と積まれており、居住空間を圧迫どころか、積み上げた石版の重みで床が抜けそうな事態にまで至っている。
記録媒体としての紙の開発は、ユーリの視点では喫緊の課題であった。
「さて、このケナフ――こっちだとケンファか――だけど、どうやって紙にするんだっけ。……前は製紙原料だって事だけで舞い上がって、詳しく調べてなかったからなぁ……」
改めて【田舎暮らし指南】と【鑑定】で調べたところ、内皮の靱皮繊維が製紙原料として利用できるらしい。ケンファの靱皮繊維は、和紙の原料である楮には及ばないものの、五ミリ以上と長いため、和紙と同様に澱粉のような接着剤を添加せずとも漉く事ができるのだそうだ。
また、製紙原料にするだけでなく、靱皮繊維は布の原料としても使えるらしい。尤も、布にする繊維はマオその他で間に合っている現状、ユーリは貴重な製紙原料を衣類に廻す気などさらさら無かったが。
その他、心材は蒸気で過熱して圧縮成型すれば、接着剤不要でパーティクルボード化できるらしい。これはこれで使えそうなので、心材は別途保管しておいて、機を見てボード化しておこうと考えるユーリであった。
さて、勇んで紙漉の方法を読んでいたユーリであったが、記述の途中で硬直する事になった。
「……底に金網などを張った紙漉き用の型枠……って……金網!?」
――そんなものは、無い。
「だ、代用品は……簀? ……って、竹製じゃん!? ここには竹なんか……」
――生えてない。少なくとも、今まで見かけた事は無い。
「あ……あぁ、そうだ、金網じゃなくてもその代わりになる布は……あ……」
――全て衣服に使用した。原料となるマオの繊維も残っていない。
「つ、土魔法で篩を……いや……駄目だ。……そこまで細かな細工ができるかどうか判らないし、仮にできても重すぎて、紙漉の作業に差し障るかも……」
――こういうのを俗に「八方塞がり」という。
ここまで悪条件が揃ったら、例えば適当な植物の細枝を集めてきて簀のようなものを作り上げるまで待つとか、そうするのが普通である。
しかし、紙への妄執に燃えるユーリはそんな悠長な真似をせず、全て力業で乗り切る道を選んだのであった。




