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第十五章 ニット物語 2.獣毛一直線

 ユーリの言う第二案とは、獣毛を(つむ)いで毛糸を作り、その毛糸から衣服を仕立てるというものであった。だが、ここで新たな問題が生じてくる。



「……憶えている毛の冬服っていうとジャージとかセーターとかになるんだけど……何か織物って感じじゃないよね……」



 不安を感じたユーリが【田舎暮らし指南】師匠や【鑑定】先生にお伺いを立てたところ、セーターだけでなくジャージも、「織物(クロス)」ではなく「編物(ニット)」に分類されるらしい。縦糸と横糸で織る織物と違い、一本の糸だけでループを作りながら編んでいくため、伸縮性や通気性、保温性といった編物(ニット)の特長が生まれてくるのだという。ちなみに、所謂(いわゆる)ジャージやカットソーは、編み上げた生地を裁断(カット)して縫製(ソー)したものらしい。



「防寒が主目的なわけだから、それに応じた作り方をしなきゃならないのか……はぁ……面倒臭いなぁ……」



 (いささ)かなりとも手慣れてきた紡織作業ではなく、新たに編み物を始めなくてはならない事に、うんざりした思いを禁じ得ない。こんなことなら生前に指編みくらい習っておくんだった。

 幸いにして、【田舎暮らし指南】に鉤針編みも棒針編みも編み方が載っているので、編む事自体は不可能ではない。と言うか、どうやらここフォア世界でも、編み物自体は存在しているらしい。一般家庭に普及するまでには至っていないようだが。



「……まぁ、何にしても糸を紡ぐ事から始めなきゃね」



 手元にある魔獣の毛皮は、ざっと熊系・猪系・狼系に大別できる。

 このうち猪系の獣毛は、とにかく剛毛で短く、いかにも(つむ)(にく)そうである。【鑑定】の結果でも、獣毛表面にスケールという鱗状の構造がほとんど無く、獣毛同士が(から)(にく)いため(つむ)(にく)いと書いてあった。

 その対極にあるのが熊系の獣毛で、スケールがある上に冬毛のものは毛足が長くて柔らかく、いかにも(つむ)(やす)そうであった。

 ちなみに、狼系は両者の中間である。

 ()くの如き状況で、少しでも紡ぎ易いものという理由から、秋に狩った熊系魔獣が素材に選ばれた。


 獣毛を(つむ)ぐのは初めてであるし、獣毛自体がマオ――地球産のカラムシ、別名を苧麻(ラミー)というものに似た繊維植物――の(じん)()繊維に較べると遙かに短いので、手間のかかる事はマオの比ではない。だが、【田舎暮らし指南】の効果で技倆が上がっているユーリは、初めてとは思えないスピードで獣毛を糸に(つむ)いでいく。……とは言え、時間がかかるのはどうしようもなかったが。



「このままじゃ細過ぎて編みにくいし、()り合わせて太い毛糸にしないとなんだけど……」



 さて、その太さが判らない。



「まず……初心者の上に機械編みはできないんだから、ジャージみたいに細かな糸では編めないよね。となると、手芸用の毛糸なんだけど……」



 毛糸がどんなものかは知っているが、遺憾ながらそれ以上の事は知らないユーリは、ここでも【指南】と【鑑定】の両先生に頼る事にした。【田舎暮らし指南】の方はともかく【鑑定】の使い方としては明らかにおかしいのだが、そんな贅沢を言っている余裕はユーリには無いのである。


 ともあれ毛糸に(つむ)ぐまでは何とか済ませた。この後は編んでいくだけである。急がないと、冬の足音はもうそこまで聞こえてきている。一刻も早く防寒着を仕上げないと、冬場の作業にも影響する。下手をしたら命取りになりかねないとあって、ユーリは文字どおり懸命に、編み物の作業を進めていった。


 その甲斐あって、モノコーンベアの獣毛で編んだセーターが完成したのは、糸を紡ぎ始めてから十一日後、初雪――幸いにしてあまり積もらなかったし、その後雪が続く事もなかった――から九日後の事だった。



「良かった……やっとできあがったよ……少し不格好な気もするけど……そんな事は二の次、暖かければ充分だよ、うん」



 セーターが編み上がるまでの間は、応急的に仕立てた毛皮のちゃんちゃんこと重ね着で(しの)いでいたユーリの感興は一入(ひとしお)なのであった。

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