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第十三章 喬木林 2.枯れ木も山の賑わい

 寿命が来て枯死したというのが一番妥当な――あるいは安直な――解釈であろうが、何となく割り切れないものを感じたユーリは、枯死木を【鑑定】してみた。その結果……



「何で……どれもこれも死因が塩害(・・)なんだよ……?」



 確かにこの地には岩塩層があり、塩害の発生する可能性は無いとは言えない。しかし……枯死木に較べればやや小さいとは言え、地球の基準では充分大きく育っている他の木々に何の異常も見られないのはどういう事か。


 首を傾げるユーリであったが、事情は(いささ)か斜め上の方向にあった。


 まず大前提として、この地の地中深い部分には岩塩層が存在する。ただし、その岩塩層の上に特殊な不透水層があるため、毛細管現象で塩分が地表に吸い上げられるような事は無く、従って塩害も顕在化しない。

 ところが、大きく育った樹木の根がこの不透水層を突破してその下の岩塩層に達すると、塩害を受けて枯れる事になる。岩塩層に接した部分は枯れるとしても、それより上に張り巡らされた根系は無事なのではないかという疑念が湧くが、そこは現実に枯れるとしか言いようが無い。岩塩に何か怪しい物質元素が含まれているのでは……と【鑑定】しても、普通に岩塩としか表示されず、健康被害も生じた事が無い。何かこの世界の摂理なのだろうと、納得するしか無いのである。

 一方、浅根性の樹種は岩塩層まで根を伸ばす事は無く、従って塩害を受ける事も無い。しかし、これらの樹種は根が浅いため、木が大きくなると自重を支えきれずに転倒するという事になる。

 結果として、ある程度以上大きく育った木々は揃って枯死する事になり、生じたギャップで実生が更新するというサイクルを、有史以前から繰り返してきたのである。

 ちなみに、地史的な原因のせいなのか、岩塩層があるのは山麓部のみであり、山の上の方には無い。そのため、山奥には普通に巨木が存在している。



 そういった裏事情まではさすがにユーリにも判らなかったが、ここは異世界なんだからこういう事もあるのだろうと、心の中で折り合いを付けたようであった。



「う……ん、これだけ枯れてれば燃えそうではあるかな。枯れたせいで少し脆くなってるようだし、これなら【ウィンドカッター】でも伐り倒せるかな」



 枯れてはいても太いとあって、単なる【ウィンドカッター】では切断が骨だったが、ふとした思い付きで木魔法の魔力を混ぜて使ってみたところ、今度は意外なほどあっさりと切断できた。伐採用の魔法が手に入ったとユーリはご機嫌であるが……実は、複数の属性の魔力を混ぜて発動するなど、そう簡単にできるものではない。神の加護か何かが付いている可能性もあるが、何より本人が先入観無しに、(なお)()つ馬鹿げた魔力にものを言わせて、力任せのごり押しで押し通したのが大きかったりする。


 ……という裏事情など知らないユーリは、懸案となっていた燃料と木材の入手が片付きそうだとあって、上機嫌で伐り倒した枯死木を回収していく。その際、他の木を巻き込まないよう注意して伐る事も忘れない。

 燃えにくいと表示されるものもあったりするが、それはそれで長時間にわたって燃え続けるような気がしたので、夜間の暖房に使えるかもしれないと持ち帰る。(かまど)に突っ込んでおけば、上手くすれば夜通し火が消えないかもしれない。駄目なら駄目で、堆肥にでもすれば無駄にはならない。


 枯死した木は種類も腐朽程度も様々であり、その事はユーリに新たな資源の供給を約束する事になった。



「うわ……これって……」



 ユーリの眼は、朽ちかけた倒木にびっしりと生えた(きのこ)に釘付けとなっている。



「マイタケ……だよね、どう見ても……」



 念のために鑑定してみたが、地球のマイタケに相当するこの世界の茸であるのは間違い無いらしい。旨味成分をたっぷりと含んでいる事も確認できた。

 ふと辺りを見回すと、様々な朽ち木に様々な茸が生えている。カラフルな色合いもあって、さながら枯れ木に花が咲いたような感じすら与える。いや、この場合は、枯れ木も山の賑わいというべきなのか。



「うん……無闇に回収するのは()め。どのみち木材腐朽菌が付いてたら、良い木材にはならないんだし……そういうのは原木として活用した方が好いよね」



 適材適所という言葉を思い浮かべつつ、ユーリは改めて森の中を見回す。木材資源としての枯れ木ばかりを見ていたが、他にも利用できるものがあるかもしれない。

 そう考え直して見ていると、一本の樹の下に剥がれ落ちている樹皮が目に付いた。



「……これって、ひょっとしてコルクなんじゃ……」



 生前の日本でも()く目にしていたコルクは、実はコルクガシという樹木の樹皮である。正確に言えば、コルクガシ以外の樹木の樹皮からもコルク質は得られるのだが、コルクガシの樹皮は特に厚いため用途が広い。また、コルクガシの樹皮には縦の割れ目が生じ、ここから樹皮が剥がれ落ちるが、その下のコルク形成層には損傷は無く、およそ十年ごとにコルク層の再生と剥落が繰り返される。

 ユーリが見ている樹木は、地中海地方に産するコルクガシとは別種のようだが、同じようにぶ厚いコルク層を持ち、やはり同じようにそれが剥落していた。



「何かに使えるかもしれないし……回収しておくか」



 木材に使えそうな枯れ木を適宜回収――【収納】って本当に便利だ――しつつ森の中を歩いていると、すっかり朽ちた木が目に付いた。……いや、正確に言えば、木質部がほとんど朽ち落ちた中で、なお形を留めている心材が目に付いたのであるが。

 何の気無しに手槍――護身用に持ち歩いている先端部を尖らせた「魔」製石器の短めの槍――で叩いてみると、カンというような甲高い音がして弾かれた。



「おぉ……堅い……と言うか、硬いな。何かに使えるかな、これ」



 腐朽した部分を払い落として改めて見てみると、心材の部分は非常に緻密で、単に硬いだけでなく丈夫で美しい材である。



()(たん)とか黒檀(こくたん)ってやつかな? これだけ堅いと杖代わりにも使えそうだし……あ、細工物の材料にもなるのかな」



 (ろく)な刃物も無い現状では彫刻などできる筈も無いが、いずれ何かに使えるかもしれないと、転生してから(いささ)か貧乏性の()が現れてきたユーリは、これも持ち帰る事にする。見れば結構な数が朽ち残っているようだ。



「ま、何かに使えるかもしれないし、無駄にはならないよね……多分」


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