第十二章 団栗ころころ 2.穴にはまって……
猛スピードで――と言いたいところだが、狼系や猪系の魔獣に較べるとやや遅いスピードで、ただし気勢だけは充分に乗せて――襲いかかって来るモノコーンベアであったが、吶喊のスピードを得るためだろう、四足駆動で走っている。
――と言う事は、熊系の魔獣最大の武器である前腕とその爪が使えないという事であった。
冷静にそれを見て取ったユーリは、現在の好条件をそのまま活かした戦術を採る事にする。
「【掘削】」
ユーリの土魔法によって、直径一メートル半ほどの穴が突如として出現した……疾駆するモノコーンベアの直前に。
避ける間もあらばこそ、モノコーンベアは真っ逆さまに落とし穴の中に突っ込んで行く事になった。
モノコーンベアの体長は二メートル強。ユーリが生み出した穴もそれくらいの深さがあった。伸ばした前腕で身体を支えているため、完全に嵌り込むまでには至っていないが、それでも重心は完全に穴の中にあり、穴から出るのはまず無理である。辛うじて外に出ている後ろ足をじたばたさせているが、それで事態が改善するわけでもない。
「うん……一応、教本どおりにできた……かな?」
些か心許無い様子で呟くユーリであったが……敢えて言わせてもらうなら……違う。
教本こと【対魔獣戦術】のテキストに載っていたのは、危険を避けて大人数で狩る場合の方法で、その一つとして〝予め罠を仕掛けておいた場所に追い込む〟というのがあっただけである。
突進中のモノコーンベアの足下に落とし穴を生み出す――などという規格外の方法では断じてない。
尤も、これに関してはユーリにも言い分というものがある。【対魔獣戦術】の教本に載っている方法のほとんどは、成年の、冒険者もしくは兵士が、集団で、討伐を行なう場合の戦術であった。
つまり……七歳児が、単独で、凶暴な魔獣を、狩る場合の戦術についての記載は無かったのだ。――健全な良識というものであろう。
しかし、載っていないからと言って、何もせずに手を拱いているわけにはいかないわけで……結局は使えそうな方法を探し出し、それを適宜アレンジして対処するしかなかった……というのがユーリなりの言い分であり、その結果として現在の状況に至っているわけである。
「さて……」
ユーリは徐にモノコーンベアに近寄ると、土魔法で作り出した杭をその肛門に当てる。些か尾籠に思えなくもないが、古来肛門は急所の一つとして知られている。考えてみれば、腸という内臓の一端が剥き出しになっている部位なのだ。そこに石杭など突っ込めば、内臓を突き破って致命傷に至るのは明白である。
落ち着いた様子で石杭に力を込め……ようとしたところで気が付いた。
「……このままやっちゃったら……腹の中は糞塗れだよね……」
どれだけ洗ったところで臭いが抜けるかどうか怪しいし、仮に臭いが抜けたところで、そんな肉には食指が動きそうにない。かといって、折角得た肉や毛皮を打ち棄てていくわけにもいかない。そんな贅沢をするゆとりなど、ユーリにはこれっぽっちも無いのである。
「参ったな……この状況で、どうやって留めを刺そう……?」
モノコーンベアの上半身がきっちりと穴に嵌り込んでいる現状では、心臓や延髄、喉笛などの急所に攻撃を加える事は不可能である。
土魔法で穴の底を盛り上げてモノコーンベアを取り出す事はできるが、そんな事をすれば戦いが再燃するか……もしくは危険を悟ったモノコーンベアが逃げ出すだろう。どちらにしても、ユーリの望む結末ではない。
グォー、ウガーとなおも唸り続け藻掻き続けているモノコーンベアを前に、ユーリは自分の手札の少なさに凹む事になった。
結局のところ、ユーリは落とし穴をもう少し深くしておいて、水魔法で生み出した水を中に注ぎ込む事にした。幸いモノコーンベアは、穴の中で逆立ちしている状態だ。穴の深さの三分の一も水を注ぎ込んでやれば、浮力で若干浮く事を考えても、頭部が水没して溺死する事が期待できる……
斯くしてユーリは、溺殺という珍しい手法によって、モノコーンベアを狩る事に成功したのであった。