第十二章 団栗ころころ 1.団栗こ……
ユーリ自作の暦――転生時の日本時間を基に作成したもの――で十月に入った頃、山の木々が色づき始めると同時に、予て目星を付けておいた団栗が実を落とし始めた。
森の比較的浅い場所でクヌギとウラジロガシ――こちら風に言えばダグとシカ――を見つけてからというもの、秋になって団栗が生るのを待ち構えていたユーリは、いそいそと採集に向かった。目的は独楽やヤジロベエを作って遊ぶため……ではなく、無論食糧としての採集である。
そのままでは渋くて食べづらいが、水に晒してアクを抜いてやれば食べられるのは確認済みだ。日本でも縄文の時代から利用されてきたであろう団栗である。みすみす見逃すなどという選択肢は、少なくともユーリには無かった。
つい先頃、村の中に植えられていたナツメ……こちら風に言うとジュバの実を収穫したが、これはどっちかというと嗜好品のカテゴリーになる。肝心の主食の方はと言えば、備蓄はまだまだ安心できるレベルに達していない。多少渋かろうがアク抜きに手間が掛かろうが、あると判っている食料を見逃すような贅沢はできないのであった。
「本当は栗が欲しかったんだけど……有るか無いか判らない栗よりも、今ここに確実にある団栗だよね」
水に晒すのが多少手間だが、団栗から澱粉が取れれば、小麦粉と合わせて粉食の頻度を増やせす事ができる。転生以来、食事と言えば裸麦の挽き割り粥が延々と続いており、偶に食べるヨッパの鱗茎やリコラの澱粉団子がご馳走という日々を過ごしていたため、うどんや水団が食べられるなら、小麦粉だろうが団栗粉だろうが大歓迎……というのが、ユーリの偽らざる心境であった。それに加えて、
「団栗粉だと却って素朴な感じで、干しナツメを混ぜ込んでクッキーなんかにしたら、合うかもしれないし……」
……などという野望も広がってくる。干しナツメの微かな甘味と素朴な団栗粉のクッキー。考えるだけでも美味そうである。
斯くてユーリは――山の動物たちの食べる分を圧迫しない程度に――せっせと、団栗拾いに精を出すのであった。
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「あ……見つかっちゃったかな?」
団栗を食料としているのはユーリだけではない。他の動物たちも、当然団栗を餌にしている。そんな動物たちの食い扶持を圧迫しないようにと、ユーリは一箇所で根刮ぎに採集する事を避け、あちこちで少しずつ拾い集めるようにしていた。ダグとシカの木があちこちに広く生えていたからこそできる事であった。
そうやって採集の範囲を広げていくと、それに応じて新たな発見も出てくる。
念願の栗と、ついでに渋みの無い樫の実――多分マテバシイに似た種類――を見つけたのである。
嬉々としてそれらを拾い集めていたユーリであったが、好事魔多しとはよく言ったもので、その間も発動していた【探査】と【察知】が、何かの動物――恐らくは魔獣――にロックオンされたらしい事を報せてきたのだった。
「モノコーンベアか……【対魔獣戦術】に載ってたとおりの姿だな……」
ユーリにとっては初見の魔獣であるが、それは未知の魔獣である事を意味しない。
自分の力量は「最底辺」であると誤解しているが故に、ユーリは対魔獣戦の研究と研鑽に時間をかけていた。【田舎暮らし指南】に包含される【対魔獣戦術】のテキストには隅から隅まで眼を通し、内容をほぼ暗記していたのである……性質や特長、そして弱点から闘い方に至るまで。
そして……それら魔獣との遭遇戦あるを期して、毎晩のように身体および魔法のトレーニングを欠かさなかったのであった。
「さて、戦闘開始かな」
ユーリを手頃な餌と見たのだろう、一声吼えたモノコーンベアが突っ込んで来た。
ユーリが【隠身】を使っていなかったのは、常時発動の試験中に、ユーリがいる事に気付かずにユーリのいる場所を通り抜けようとして、激突する小鳥や昆虫、小動物などが続出したためです。魔獣に見つかってから【隠身】を使っても、いや、場合によってはそちらの方が攪乱の効果は高いので、常時発動は却下となりました。