第十一章 醤(ひしお)と野獣 3.その他の旨味食材
肉醤についてはできるだけの事はやり終えた。その結果が出るのは、早くても三ヶ月は――気温の低下を考慮に入れるとそれ以上――先の事になる。
それまでの間はどうするか。
「指を銜えてその日を待ってるだけっていうのも芸が無いし……別に調味料でなくても、出汁を取る事はできるよね」
という事で、旨味のある食材の入手に励む事になった。折しも季節はそろそろ秋。生前の日本では食を楽しむ季節であり、茸狩りのシーズンでもあった。
「う~ん……やっぱり旨味って言えば、グルタミン酸・イノシン酸・グアニル酸だよね。多く含まれているのは……えぇっと…………【指南】師匠……」
《グルタミンサンはコンブの他に小麦のグルテンやドライトマト、大豆や肉類にも多く含まれる。イノシンサンは肉類が熟成する過程で作られ、グアニルサンは干した茸やドライトマトに多く含まれる》
「うん……こっちだと、小麦やペピットの実からグルタミン酸、魔獣の肉からイノシン酸とグルタミン酸、茸やペピットの実からグアニル酸……って事になるのかな……?」
素材としては一通り揃っており、幾つかは【収納】の中にも保管してある。だが、今回ユーリには試してみたい事があった。
「……今までは、食料と言えばすぐに【収納】に放り込んでいたからなぁ……」
食材をフレッシュな状態のまま保管しておける【収納】はありがたいチートスキルなのであったが、それに頼ってばかりで他の方法に挑戦してみなかったのは手落ちであった。今、ユーリはその事を実感していた。
「……干したり熟成させたりすると、旨味が増すって……あったよなぁ……」
茸や鮑などは干すほどに旨味が凝縮されると言うし、トマトも確かドライトマトの方が旨味がどうこうと聞いた憶えがある。畜肉なども、新鮮なものより低温で熟成させたものの方が美味いという意見も聞く。
だが、万事【収納】に頼ってきたユーリは、そっちの方面まで手を伸ばす事が無かったのである。
「ペピットの実と茸は……そうだな、半分、いや、三分の一でいいか……干すのに廻してみよう。……多分、水魔法で脱水しただけじゃ駄目なんだろうな……」
念のために【田舎暮らし指南】を開いてみると、食材を日干しにする時の注意点が載っており、魔法で脱水させただけでは美味しくならないとも書いてあった。なので無精は諦めて、素直に日干しにする事にした。
――問題は肉である。
「確か……日本では微妙な低温で熟成させてたんだっけ……? 一般家庭用の冷蔵庫だと難しいとか聞いた事があるんだよな……」
熟成の温度など憶えていないし、それ以前にユーリは冷蔵の魔法が使えない。
「……暑すぎない場所に一日か二日置いて……あとは【鑑定】でチェックしながら、最適な条件を探っていくしかないか……」
幸か不幸か、魔獣肉の入手には困っていない。何しろ、何かユーリに怨みでもあるのか、魔獣たちはユーリを見るなり突っ込んで来る。返り討ちにした魔獣の肉で、【収納】が溢れ返っているのが現状なのだ。
そして、溢れ返っているのは肉だけではなく……
「骨も余ってるから、これも出汁……と言うか、スープを取るのに廻すか。何時間かしっかり煮込んでアクを抜かなきゃいけないけど……」
面倒な手間ではあるが、美味追求のためには仕方のない事だろう。
「あとは……外に出る時に、茸に注意するか。あまりカロリー源にはなりそうにないけど、旨味の素だしね」
シイタケのように旨味豊かな茸が採れれば……期待の膨らむユーリであった。