第十一章 醤(ひしお)と野獣 1.発端
リコラの澱粉やヨッパの鱗茎に始まり、先頃は裸麦・小麦・蕎麦・芋の収穫も終わり、肉類は魔獣からそれなりに得られ、更には旨味成分を含むペピットの実や、メープルシロップやステビアといった甘味料の入手も射程に入った。
食糧の供給に目処が立てば――次は味が気になるのが世の常である。
「今のところ、調味料といえるものは岩塩しか無いんだよなぁ……魔獣の肉は焼いただけでも美味いし、塩味だけでも文句は無いんだけど……」
それでも、もう少し味付けの幅が欲しい。
飽食日本で生前を過ごしたユーリにとっては、調味料が塩味だけというのは――遠からず甘味が追加されるにしても――やはり物足りないのであった。
「甘味・酸味・辛味・苦味・塩味の五つが五味で、これに旨味が加わるんだっけ……」
現状は塩味だけ、近々追加できそうなのも甘味だけである。
「酸味は適当な果物を探すか、酒から酸化醗酵で酢を造るかすればいいし、辛味はある程度ハーブで間に合うんだけど……」
問題は「旨味」である。この味覚を発見・証明した日本民族としては、どうにかして旨味調味料を入手したいところなのだが……
「代表的な旨味と言えば……昆布のグルタミン酸、鰹節のイノシン酸、干し椎茸のグアニル酸……だったかな?」
グルタミン酸は昆布以外に、小麦のグルテンやドライトマト、大豆や肉類にも多く含まれている。と言うかつい先日に、グルタミン酸を豊富に含んだペピットというトマトっぽい木の実を見つけた――正確には小鳥たちに教えてもらった――ばかりである。イノシン酸は肉類が熟成する過程で作られ、グアニル酸は干した茸やドライトマトに多く含まれる。
「うん……入手できなくはなさそうなんだよね……」
本音を言えば味噌と醤油が欲しいところなのだが、麹黴はおろか大豆すら無い現状で、そんなものが造れるわけは無い。
「……確かどこかのシェフさんだか誰かが、トマトと茸と鶏肉とかで、味噌と醤油っぽいものをこさえたって記事を読んだ憶えがあるし……この際、紛い物でも何でも、調味料さえできればいいか……」
残念ながら、件の調味料の正確なレシピまでは憶えていない。さすがの【田舎暮らし指南】師匠にしても、そこまでは網羅していないようであった。
だが要は、ここで手に入る材料で、旨味調味料が造れるならいいのである。
「今のところ茸類は手元に無いし……ペピットの実でトマトピューレっぽいものでも造るかなぁ……」
味噌と醤油の代用と言うには、少しと言う以上に毛色が違うんだけどな――と、些か残念に思っていたユーリであったが、ここである事に気が付いた。
味噌や醤油の旨味の正体は、大豆の蛋白質が分解されてできたアミノ酸、特にグルタミン酸だった筈だ。蛋白質が分解――というなら、何も大豆に拘る必要は無いのでは?
肉こそ蛋白源の最たるものだし、魚肉を醗酵させた魚醤というのもあったではないか。秋田の塩汁や奥能登の魚汁、タイのナンプラーにベトナムのニョクマム。いずれも有名な旨味調味料だった。
なら……同じ肉には違いないんだから……魔獣の肉でも似たようなものが造れないか? 確か古代の日本では、肉醤というものが知られていた筈だ……
「……うん……試してみる価値はあるよね……」