第十章 この木何の木 1.ペピット
小麦や蕎麦などの収穫は既に終えているが、まだまだやる事は多い八月の終わり。涼しい朝のうちに農作業を終えたユーリは、午後からは例によって有用資源の探索に向かう事にした。今日は森の浅い部分にまで入ってみるかなと考えていたユーリに、話しかける者たちがいた。
『ひとのこ なにしてるの?』
『どこへ いくの?』
『ぺぴっと? ひとりじめは だめ』
『たくさん なるから だいじょうぶ』
『おいしいよね』
ユーリが済し崩しに餌付けする事になった小鳥たちであった。普段なら軽く挨拶をして別れるところだが、「おいしい」ものが「たくさん」あると聞いて、誰が放ってなど置けようか。小鳥の味覚については解らないが、話半分としても聞く価値はある。
『ぺぴっと? それ、美味しいの?』
『うん こっち』
『こっち』
『あ、待ってよ!』
ともすれば置いていかれそう――何しろ相手は空を飛んでいる――になるのを必死で追いかけて行くと、やがて森のやや浅い場所に案内された。そこには八メートルほどに育った木があり、なるほど赤い実をたくさん着けていた。ニワトリの卵のような形さで、丁度大きさもそれくらいである。
《ペピット:日当たりの好い場所を好むジカワゴウセイの常緑樹で、夏から秋にかけて鶏卵状で鶏卵大の赤い実を着ける。この実は生食もできるが、煮ると甘味が強くなる。大きなものは樹高八メートルにも達するが、若木のうちは根張りが浅く倒伏し易い。本来なら高地に生える種なので、暑さにはあまり強くない。
異世界チキュウのツリートマト(タマリロ)に似ており、トマトと同様にグルタミンサンを多量に含むため、ウマミが強い》
ジカワゴウセイというのが何を合成するのか一瞬解らずに首を捻ったが、やがて「自家和合性」すなわち同じ株に咲いた花で受精できる、つまりは一株あれば花を着けて実が生るという意味だと気が付いた。
「ツリートマトって……けど、何かに似てるんだよなぁ……トマト以外で」
どこかで見た何かに似ているような気がして首を傾げていたユーリであったが、やがてクコの実を大きくしたような感じなのだと気が付いた。そう言えば、あれもトマトと同じナス科の植物だった。
「それよりも……グルタミン酸が豊富で旨味が強い? 料理に使えそうだよね」
試しに熟した実を一つ食べてみると、確かに酸味と甘味の中に旨味らしきものが感じられる。これは是非とも持ち帰らねば……と、意気込んだところで、先程の小鳥たちの忠告が思い出される。
「そうか……他の生き物も食べるだろうし……独り占めはいけないよね」
ふと見れば、遠くでこちらを窺っているのはキツネのような動物だ。実を漁っていたところにユーリがやって来たので、慌てて逃げ出したらしい。悪い事をした。
まぁ、ユーリ一人が幾ら採っても、余裕で余りそうな数が実っているのだが。
「けど……これだけ実が生ってるにしては、他の場所で見ないんだけどな?」
不思議に思っていたら、小鳥たちが答えを教えてくれる。
『ちいさいのは よく むしに くわれるよ』
『もりの なかでは そだたずに かれるし』
あぁ、林内では光が足りずに育たないのか、と納得するユーリ。種子もそこそこ大きいので、小鳥たちが丸呑みして糞に混じって撒布する、という事もあまり無いようだ。それに、厚く堆積した落ち葉の上では、落ちた種子が折角根を出しても、土まで届かずに枯れるだろう。
周りには若木も幾つかあるが、実の数の割に少ないのはそういう理由らしい。
「だったら……若木を一つ持ち帰る代わりに、種子を発芽させてあちこちに植えてみようか。あ、でも、若木のうちは根張りが浅くて倒れ易いんだっけ。……支柱か何かで支えてやればいいか」
ある程度育ったら、村の傍にある草地にも植えてみよう。小鳥や動物たちが好きな時に食べられるように。