第九章 織りたき柴の木 2.紡績
すっかり乾いたマオの内皮を眺めて、ユーリは呟いた。
「さて……こうしていても始まらない。内皮から繊維を取って、糸に紡いで、布に織って……それからだよね」
何を作るのかは布ができてから悩めばいいと、ユーリは内皮から繊維を取り出す作業に入る。細く裂いた繊維を繋いで細い一本の糸に績み、更にそれに――切れないように水で湿らせながら――撚りをかけて丈夫な糸にする。後者の過程が撚糸と呼ばれる作業になるが、ユーリは【田舎暮らし指南】の記述に従って、紡錘を使って作業する事にした。
糸車を使えば更に効率的にできるのだが、大きな弾み車の回転を紡錘に伝えるためのベルト……その代用となる紐のようなものが無かったのである。革紐を作ろうかと考えもしたが、このためだけに皮を鞣して革にして……というのも面倒である。どうせ最初の試作なのだから、ここは手軽に紡錘で間に合わせようと考えたのだ。糸車を作るための木材も無いし、一から土魔法で作るのも大変そうだ――という事情もこの判断を後押ししたのだが。
ともかく、最初は慣れない手つきで繊維を績むのに取りかかったユーリであったが、【田舎暮らし指南】の効果なのか、初めての筈なのに、何をどうやれば良いのかという手順は頭の中に浮かんでくる。そのイメージどおりに手を動かしていると、一通りの工程をこなした辺りから、急に手の動きがスムーズになる。
「……これが、【田舎暮らし指南】師匠の御利益なのかな?」
どうもこの【田舎暮らし指南】、作業の手順を教えてくれるだけでなく、一度通してやり終えた工程であれば、作業のアシストもしてくれるようだ。恐らくスキルも生えているのだろう。我ながら熟練工並みのスムーズさである。
素人とは思えないスピードで繊維を糸に績むと、ユーリは引き続いて紡ぎ……紡錘――「つむ」とも言うが――を使っての撚糸作業に取りかかる。これもしばらくやっていると、やはり手の動きが急にスムーズになって、熟練工に引けを取らないペースで糸が紡がれていく。
その日のうちに、収穫したマオは全て糸に加工された。
これを布に織るためには、織機を用意する必要があるだろう。
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「……とは言ってもなぁ……」
【田舎暮らし指南】に記述があるため、織機については簡単なものから複雑な――なぜかジェニー紡績機の構造まで載っていた――ものまで、構造については理解できる。恐らくは、実際に作る事もできるだろう。……材料さえあれば。
「う~ん……土魔法で全部作ったら……重くなるよなぁ……」
総石材製の織機……想像もできないが、使いづらそうな気はする。重い分だけ慣性も大きい筈だから、色々と不都合が出てくる可能性も無視できない。
「第一、そんな大規模な仕掛けが必要なほどの糸の量でもないし……最初は簡単な竪織あたりかなぁ……」
【田舎暮らし指南】の記述と図表――なんとイラスト付きである。暇潰しに読むだけでも楽しそうだ――を斜め読みしながら、どういう形式にするかを考える。
一端を自分の腰に結わえ付けて座った姿勢で織る腰機は、上体を前後させたり寝かせたりと、姿勢と体重の移動で経糸の張り具合を調節できるのは便利だが、幅広い布を織るのは難しそうだ。上から吊して織る竪機は、幅はある程度まで広げられそうだが、天井の高さ以上に長い布を織るのには向いてない。さりとて織機を地面に置いた水平機は、作るのが手間な上に木材が必要になる……。
「う~ん……布団が欲しいんだし、幅が狭いとその分縫う手間がかかるよね。……けど、あまり幅が広いと、今度は小さめの袋とかを縫う時に裁断の手間とか無駄が出てきそうだし……」
結局は必要な布のサイズを決めるのが先になる。そう気付いたユーリは、最初は布団向けのサイズの織機を作る事にした。腰機だと少しやりにくそうな気がするので、上から吊すタイプの竪機にする。この幅の布でも、二つ折りにすれば穀物袋や衣服にも対応できるだろう。
もしも狭い幅の布が欲しくなったら、もう少し幅の狭い織機――と言うか、ビームや千巻き、緒巻き、巻き棒などと呼ばれる二本の横棒――を用意すればいいのだ。構造の簡単な腰機や竪機なら、そのくらいの手間は何でもない。
ユーリは徐に千巻きを土魔法で作り上げると、布を織る準備に取りかかるのであった。
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ちなみに、麦や芋などの収穫物を容れるものに関しては、一々布を織ってなどいられないとして、土魔法で作製した甕にしまう事にした。ここユーリの村にあっては、布は甕よりも高価なのであった。