【書籍版二巻発売記念 幕 間】 味は異なものヘンなもの? 6.ユーリ(その3)
「え? 僕の山菜をですか?」
「おぅ。ユーリの話だと〝美容と健康に良い〟ってんだろ? だったらせめて、ご主人様のご一家にも試食して戴くのが筋ってもんだ。けど――生憎と直ぐにゃ手に入りにくそうだしよ」
「ははぁ……」
なるほど――と、ユーリは考える。
比較的無難なラインナップを揃えたつもりだが、そこは何と言っても塩辛山産だ。平地では手に入りにくい事もあるだろう。何しろ事がアドンたちの健康に関わるとあらば、ユーリとしても否やは無い。ここは塩辛山でも選りすぐりの山菜を――と、ユーリが内心で意気込んだところへ――
「――ただな、後々の入手の事まで考えると、できればこっちでも手に入りそうなもんの方がありがてぇんだわ」
「あ……なるほど」
些か気勢は殺がれたものの、これはマンドの言うのが道理である。しかもマンドはそれに続けて、
「何だったら塩辛山産と平地産で、効き目の比較もできそうだろ?」
――と言われてしまえば、これは益々同意するしか無い。
「そういう事なら……そうですね」
先に示した五種のうち、平地でも手に入り易いのはスベリヒユとラディッシュだろう。前者はこの国でも能く知られた野草だし、後者も広く栽培されている筈だ。スベリヒユはそろそろ旬が終わるが、干したものも一緒に渡しておけばいい。ラディッシュは別名を「二十日大根」と言っていたくらいで、収穫が早いのが取り柄の野菜だ。提供しても不自然ではないだろう。
「けどマンドさん……本当にコレ、戴いてもいいんですか?」
――それに何より、マンドの示した対価が魅力的であった。
「おう。食材の仕入れとかになると俺の一存ってわけにゃいかねぇが、うちで育ててるハーブをどうするかは、俺の裁量の範囲内だからな。問題無ぇよ」
「じゃぁ……ありがたく戴きますね」
「おう。この場で渡してもいいんだが、それだと世話が面倒だろ? 鉢に植え直して馴染ませとくから、山へ帰る時に持って行きな」
ユーリから受け取る山菜の対価として、マンドは屋敷内で育てているハーブの苗を持ち出したのである。実際にマンドの言うとおり、料理人が育てているハーブについては、料理長であるマンドの職掌内である。況してそれを引き渡す相手がユーリだというなら、アドンも目くじらを立てる事はあるまい。
……言うまでも無いが、これはマンドが、〝然るべき理由が無ければ、ユーリの気性では受け取らないだろう〟と気を回したためである。ユーリにはそこまでマンドの肚の内は読めなかったが、事がアドンたちの健康に関わるとなると、ユーリに異存のあろう筈が無い。
「オシムにハイソップですかぁ……使いどころの多そうなハーブですね」
「おぅ。実際使い勝手の良いハーブだからな。大抵の家じゃ自分とこで育ててる」
「……そのせいで、却って市場には売ってないんですね」
「そういうこった」
《オシム:地球産のバジルにほぼ相当する一年生のハーブ。リヴァレーンには自生しないが、他国からもたらされたものが広く栽培されている》
《ハイソップ:地球産のヒソップにほぼ相当する常緑多年生のハーブ。リヴァレーンには自生しないが、他国からもたらされたものが広く栽培されている。
葉と萼にハッカに似た微かな芳香があり、サラダやパイ・スープ・シチューに少量加えると味が引き立つ。特にこってりとした肉・魚料理に合う。健胃・整腸・強壮の効果がある他、去痰薬としても用いられる》
――ともあれこういった次第で、ユーリは新たに二種のハーブを得たのである。
これにて書籍版二巻発売記念のSSは打ち止めとなります。
面白いとお感じになった方は、書籍版を購入して戴けると助かります。