第九章 織りたき柴の木 1.刈り取り
七月半ばの早朝、ユーリの姿はマオの生えている場所にあった――土魔法で作った鎌を手に携えて。
「【田舎暮らし指南】師匠によると、そろそろ刈り取りの季節の筈なんだけど……」
《マオから繊維を得るには七月中旬、開花前の茎を刈り取り、葉を取った茎をすぐに川か池に漬ける。これは、マオは乾くと皮が剥がれにくくなるためである。刈ったマオはその日のうちか、遅くとも一両日のうちに皮を剥く。剥いた皮も一旦水に漬けておき、ある程度纏まったところで外皮を取り除き、残った内皮を乾かして繊維の材料にする》
……という【田舎暮らし指南】の記述に従うなら、刈り取ったマオはすぐにでも川か池に沈めなくてはならない。問題は、マオが生えている場所には川も池も無い事である。
水桶を持って野原を廻るというのは負担が大き過ぎる。水魔法で水球を作り、その中に突っ込んでおくという手も考えられるが……
(いや……【収納】に突っ込んでおけば良いんじゃないか?)
【収納】に入れてしまえば品質の劣化は無い筈だから、乾くのが拙いというだけならそれで充分な筈だ。そう思ってしばらく待ってみたところ……
「……うん。別に乾いてはいないみたいだ。これでいけそうだね」
となれば、
「あとは刈って刈って刈りまくるだけ……」
……と、言いかけたところで気が付いた。
先々の事を考えると、このマオも幾つかは村内で栽培しておくか、少なくとも村の近くに植えておきたい。そのためには種子を確保しておく必要があるわけで、つまりは花を咲かせて実を生らせる必要がある。要は根刮ぎ刈り取っては拙いわけで……
「あ、あっぶな~……。うっかり全部刈り取るところだったよ……」
刈り取りというストレスを受けた事を考えると、試作中の堆肥を与えておくか、あるいは木魔法をかけて癒しておいた方が良いかもしれぬ。しかし、施肥によって急に成長の良くなった株が、昆虫などに食害される可能性も無いわけではない。それを考えると、念のために数株くらいは村の畑に移植しておくか?
「……だったら、どうせなら品質の良さそうなものを選んで持ち帰ろうかな」
種を採る事ばかりを考えていたが、木魔法があるなら挿し木を試みてもいいかもしれない。
そんな事を考えながら、ユーリはサクサクとマオを刈り取っていく。【収納】で品質の劣化無く保存できるなら、刈れる時に刈っておいたほうが後々便利である。
何しろ初めての試みなのだ。歩留まりがどれくらいになるのか、言い換えると、どれくらいの繊維が得られるのか判らない。材料となるマオは多めに刈っていった方が良いだろう。
「何を作るかは後回しにするしかないな……」
この辺りは、できた繊維の量を見て判断するしかない。
替えの衣服と言いたいところだが、衣服より先に布団だろう。掛け布団の代わりは毛皮で何とかするにしても、やはり敷き布団は欲しいところだ。冬の事を考えると布団の入手は至上命題だが、今でさえ問題が無いわけではない。堅い床に直に寝ているためか、起きた時に身体の節々が痛いのである。
「干し藁とか干し草を詰めた袋なら、敷き布団代わりベッド代わりに使えるよね……」
生前柔らかなベッド――ほとんどは病院のベッドであったが、寝心地はそれなりに好かった――で寝ていたユーリにとっては、心地好く安眠できるベッドというのは、地味ながら切実な問題であった。