【書籍版二巻発売記念 幕 間】 味は異なものヘンなもの? 2.マンド(その2)
マンドが疑わしそうな視線を投げかけているのは、この世界でアラリアと呼ばれている木の若葉である。地球で言えばウコギに相当する樹木のようで、エルフや獣人など山林に暮らす者たちの間では能く知られている。
塩辛山にも比較的多く生育しており、ユーリはそれらの自生木から若葉を採集する他に、ユーリ定番の挿し木繁殖も行なっていた。アラリアは若葉が食材となる他、根も生薬として利用される。ユーリにとっては見逃す事のできない有用樹種であった。
「へぇ……そんな葉っぱがねぇ……」
依然として半信半疑――と言うか、七割ぐらいは「疑」――の体のマンドであったが、何しろ主人アドンが一目も二目も置いている相手だし、料理や食材に詳しい事も普段の言動から判っている。なので一応納得する事にしたようだ。
その様子を見て勇気づけられたのか、ユーリは更に他の山菜についても滔々と弁じ立てていく。その説明に誤りが無ければ、これらの山菜は中々に侮るべからざるもののようであった。
試しに試食させてもらった限りでは、確かに思ったより悪くはなかったが……どれもこれも、微妙に標準から外れている。不味ではないが、珍味と言うより変味と言いたくなる味わいであった。だがまぁ、それは調理の仕方で何とでもなるだろう。塩辛山特有のハーブとかあるのかもしれないし。
しかし――それを認めるとしてもなお、マンドには看過できない点があった。
(食材はまぁ揃ってるとしても、味付けってもんに欠けてんじゃねぇのか……?)
住んでいるのが塩辛山なら塩に困る事は無さそうだが、それ以外の調味料はどうなのか。野生のハーブの類が少しあるとしても、胡椒をはじめとする香辛料は素より、砂糖や酢・料理酒なども絶対的に不足している筈だ。……いや、砂糖に代わる木蜜は少し手に入れているようだが。
実際にユーリに確かめてみたところ、やはり調味料の不足は事実らしい。それではまともな料理などはできまい。
ただ――これ関しては双方に共通する誤解があった。
実はユーリの食生活においては、塩辛山に自生している多種多様なハーブの他に、試作中の肉醤やら、ペピットや茸の出汁やらで、調味料はそれなりに充実している。
が……何しろユーリが無意識に基準としているのは、前世日本の食生活。各地各国の調味料が簡単に手に入るという、こちらの世界では夢に見る事もできないようなものであった。それと比較して〝不充分〟と言うのは、この世界に対して酷というものであろう。
ともあれ、そんな認識の齟齬に両者が気付く筈も無く――
(こりゃあ……俺らの方で何とかしてやんなきゃ、拙いんじゃねぇのか?)
――と、密かな義憤と企みを抱くに至ったのだが……それはそれとして、マンドには少し気に懸かる事があった。
ユーリは先程これらの「山菜」をマジックバッグから取り出したようだが……山菜だろうが野菜だろうが、態々マジックバッグに入れてまで保存するようなものか?
傷み易い食材をマジックバッグに保存しておくというのは、これはマンドにも納得できる。贅沢だと思わないでもないが、そんな事を言うゆとりなど無いのが塩辛山なのかもしれない。ただ、そうだとしても……
(そうまでして新鮮さに拘る理由は何なんだ?)
――マンドの感じた違和感を説明するには、この国の上流階級における「野菜」類の扱いについて、一齣述べておく必要があるだろう。
この国では野菜の扱いは――食べないと健康に悪いなど――二十一世紀の地球と大差無いものであるが……唯一つ、生野菜の扱いだけが違っている。即ち、加熱調理をしていない生の野菜を食べるなど貧乏人のする事だとして、上流階級の者ほど生食を忌避する傾向にあった。あんなものは料理ではない。
また、どうせ火を通すのだからというわけでもあるまいが、上流階級の者たちは押し並べて、野菜の鮮度というものにあまり注意を払わない傾向があった。と同時に、加熱して食べるのに向いた根菜などは能く食べるが、軟らかな葉菜などは顧みる事が少なかった。葉っぱなど家畜の食べるものではないか。例外は香味の強いセルリやピクルスにされるキャビットくらいである。
マンドも御多分に洩れずこういった認識を引き摺っていたのだが……