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【書籍版二巻発売記念SS】 どんぐりと山の子

書籍版二巻発売記念のSSです。時期的には第一部と第二部の間の話になります。

「本当だってば! 本当にリコラの団子は美味しいのよ!」



 ムキになって言い募る少女を、周りの大人たちは困惑の表情で見守るばかり。

 だが――それも無理はないだろう。何しろ彼女の言う事が本当なら、(もっ)()この国が見舞われている食糧不足は、あろう事か毒草やドングリによって解決されるというのだ。眉に唾付けたくなるのも道理である。

 疑わしいなら確かめればいい――というのは世間一般に通じる理屈だが、今回ばかりはできれば辞退したい。何しろハードルが高過ぎる。賭け金は最高で自分の命だというのだ。いやまぁ、食糧不足が命に関わる事態だというなら、その対策も同じく命を懸けて確かめる……というのは理屈に(かな)っているが、だからと言ってそのために、敢えて自分の命を賭す必要は無いではないか。

 思案に迷った一同は、同行者であったという老人に目を向ける。この村でも指折りの知恵者と目されている、オーデルという名の老人に。



「ふむ……ドナの言う事は間違っておらんよ? 確かにあの廃村は――廃村じゃった場所は、魔獣でも壊せそうにないほど頑丈な石塀に囲まれておって、そこに少年が一人だけで住んでおる。一人には充分過ぎるほど広い畑を世話しての」



 聴衆一同、(かす)かに()(じろ)ぎはしたものの、後は森閑(しんかん)と静まり返って老人の言葉に耳を傾けている。



「出された団子は実に美味じゃった。まぁ、孫娘(ドナ)が褒めそやしておる理由の一つは、団子にかかっておった木蜜のせいじゃろうが」



 〝木蜜!?〟――と、あちらこちらで驚いたような(つぶや)きが漏れる。不意の、しかも一面識も無い客に出すには、(いささ)か過ぎた()()しではないか? ……いや、ひょっとしてその少年は、平生(へいぜい)から木蜜を食べているというのか?



「じ、爺さま――その〝少年〟っつうのは……どんな子供なんだ?」



 少し(うわ)()ったような声で問いかけたのは、オッタという名の若い者。少年の背格好や年回りが気になるようだ。



「ふむ……年の頃は十になるかならぬかといったところじゃろうが……年格好に似合わぬ知恵と落ち着きを持っておった。あと、水魔法と土魔法を使えるようじゃな」



 おぉっと(どよ)めく村人たち。その年頃で魔法を二つも使えるというのは、これはどうして大した逸材ではないか。


 孫娘が問いかけるような視線を送ってきたのを、オーデル老人はこれも視線で黙らせておく。その魔法で魔獣を――恐らくは軽々と――討伐しているというのは、今はまだ口にするのは早い。飽くまで少年の自己申告で、自分たちがその目で確認したわけではないのだから。


 そんな子供がたった一人、廃村で暮らしている事情については、少年が言った説明をそのまま繰り返しておく。早くも何人かは()(がしら)を押さえているようだ。

 その少年をこの村に迎える事はできないのか? 如何(いか)に身寄りが無いとは言え、(とし)()もいかぬ子供が塩辛山にたった一人で暮らすというのはあまりにも……という声には、老人はあっさり首を振る。少年の方がまず承知しないだろう。



「あれだけの畑を一人で世話しておるんじゃ。見たところ不自由してもおらんようじゃったし……ま、何か必要があれば村にやって来るじゃろうから、その時にはきちんと持て成してやればよかろうて」



 村人たちは半信半疑の様子であったが、実際にその「村」を訪れ、その「少年」と言葉を交わした老人の言う事だ。ここは温和(おとな)しく引き下がっておく。


「で……その団子じゃがの」



 老人の言葉に、あぁ――という感じで注意を向け直す村人たち。そう言えばそもそもはそういう話だった。廃村の話があまりに衝撃的過ぎて忘れていたが。



「正直、それが真実リコラの根や、或いはダグやシカの実から作られたものかどうかは(わし)にも判らん。ただ、あの子が偽りを言う理由が無いし……何より、その団子には(ほの)かな風味があった。……今まで味わった事の無い風味が、の」



 う~むと腕を組んで考え込む一同。では――その子の言うのは真実なのか?



「まぁ、疑うより先に確かめる事じゃな。その子からは豆も(ことづ)かっておるし」



 そう言って老人は豆を――ユーリから託された大豆(ソヤまめ)を見せる。食の可否を確かめるにはまだ時間がかかるだろうが、



「その子が言うには、この豆は荒れ地でもすくすくと育つそうじゃ。じゃから休ませておる畑に()いてみて、育ち具合を見ればいいじゃろう」



 肥料分を失った畑でも育つというなら、それは確かに村の救世主ともなり得る。試してみるに()くは無い。



「それと……ユーリ君――その子の名前じゃよ――からはウマゴヤシとかいう草の事も教えられた。何でも家畜の餌に向いておる上、これも荒れ地で健やかに育つそうじゃ」



 それはまた……アミールヤギを飼っているこの村のためにあるような草ではないか。そんなものが近場に生えているのか?



「実物を見せてもらったが……確かに見かけた事がある。まぁ、その時にはヤギの餌になるなどとは思わんかったが……勿論、緑肥としても使えるそうじゃ」



 それなら試してみてもいいだろう。探すくらいは手間ではないし、ヤギの反応を見るのも面倒ではない。上手くヤギが食い付けば万々歳ではないか。

 他は……ダグとシカの実で水晒(みずさら)しを試してみるのもいいか。リコラの根は自分たちには難度が高過ぎるようだが、ダグやシカなら手頃だろう。まだ実は青いが、試してみるくらいは問題あるまい……


 その後……試食してみたダグとシカの澱粉団子に好感触を覚えたエンド村が、心置きなく余剰食糧を商人に売り払って領主の関心を引く事になるが……それはまた別の話になる。

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