【書籍化記念SS】 バラとオリーブ
書籍版発売記念SS第一弾です。作中に登場するマーシャは書籍版限定のヒロイン(?)枠で、塩辛山で行き倒れていたところをユーリに拾われて、そのままユーリ宅に居座りました。酒精霊としての矜恃からか、何かとユーリに酒造りを勧めてきます。
本話は時系列的には一年目の十一月、なろう版の連載では十五話と十六話の間頃のエピソードになります。
『だからぁ、ノイバラの実なんて渋くて、食べられたもんじゃないってば!』
『そんなことない おいしいよ』
『うん そこまでじゃないけど いちおうあまいし』
十一月も後半に差し掛かった頃、酒の精霊マーシャと小鳥たちの水掛け論に困惑しているのはユーリである。
小鳥たちとの雑談で食べるものが少ないと零したところ、この時期ならバラの実がお薦めだと小鳥たちに教えられたのである。ところが、偶々その場に居合わせたマーシャが、あんな渋いものを食べるなんてどうかしていると突っ込んだ事から、両者の間で水掛け論に発展したというのが事の次第である。
結局、実物を見ないで結論は下せないと主張するユーリが、渋るマーシャを引っ張って現場へ赴き、実際に味わって【鑑定】先生にお伺いを立てたところ……
『なるほどね……』
どうやらこの世界のノイバラは、種子撒布を鳥に任せる方向に特化したらしい。ネズミなどの哺乳類が食べると渋く感じ、それでいて鳥には渋く感じられない精油成分を実に含ませ、種子の撒布者を鳥に限定する事で、撒布距離を稼ぐように進化したようだ。
ただし【田舎暮らし指南】師匠によると、ノイバラの実に含まれる渋み成分は、醗酵させる事で消えるらしい。実それ自体の糖分はあまり多くないが、適当な糖質を少し添加してやる事で、実に付着している酵母により醗酵が進むようだ。
ただ、醗酵させて酒になるかと言われると……
『駄目なの?』
『糖質の量が少な過ぎるからね。渋み成分を消すのが精々で、アルコール醗酵まで進めようとすると、相当の糖質を加えないと無理だし、そこまで加えるくらいなら、そもそもバラの実は要らないし』
酒にするのが無理と聞いたマーシャは渋い顔だが、ユーリの方はこのバラの実に将来性を見出していた。
『……お茶?』
『うん、それくらいの糖質なら何とかなるだろうし』
ものは試しと作ってみたバラ茶は、マーシャのお眼鏡にも適ったようだ。赤ワインを思わせる色合いと、白ワインを連想させる仄かな酸味がお気に召したらしい。尤も、
『これでお茶請けに甘いものがあればねぇ……』
残念そうに呟いていたが、ユーリは素知らぬ顔である。一応メーパルの栽培は進めているが、実際に木蜜が採れるかどうかはまだ未知数なのだ。余計な事は言わないに限る。
ただ……当のマーシャは別の事に思いを馳せていたようだ。バラの実の渋抜きから連想したらしく、
『え? オーラの実?』
『うん。見た目は美味しそうなんだけど、実際には苦味が強くて食べられないのよ。けど、バラの実が渋抜きできるんなら、オーラの実もどうにかなるんじゃないかって思って』
マーシャの説明を聞いた限りでは、地球のオリーブに似た種類のようだ。オリーブの実にもオレウロペインという苦味成分が含まれており、瑞々しく見えても生食には向かない。尤も、真冬になって真っ黒に完熟した実なら――
『たべられるよ』
『うん、たべられる』
――食べられるという点では、オーラの実もオリーブも同じのようだ。
もう少し瑞々しい状態で食べようとするなら、苦味成分を抜く必要がある。水もしくは薄目の塩水に漬けて数ヵ月、漬け汁を何度も取り替えて苦味成分を抜く。漬け汁をアルカリ性にして効果を高めるため、灰を加える事もある。最後にハーブやレモン・ニンニク・酢などを加えた新しい塩水に移して味を調え、漸く食卓に並ぶのである。
『手間がかかるのねぇ……』
『塩水とか塩に漬けっ放しにする方法もあるらしいけどね。そっちはもっと時間がかかるし、工夫が無い分、実の良し悪しが味に直結するみたいだよ』
『……要するにピクルスよね?』
『うん、多分。マーシャは作った……と言うか、関わった事ある?』
ユーリの知っている限りでは、この手のピクルスは薄めの塩水に漬ける事で雑菌の繁殖を抑え、乳酸菌による醗酵を促進した筈だ。アルコール醗酵とは違うが、これだって醗酵の一種には違い無い。なので、酒精霊たるマーシャも無関係ではないように思えたのだが、
『ピクルスはやった事が無いのよね……』
……精霊の世界も、意外と細分化が進んでいたようだ。
結局のところは、ユーリが試行錯誤するのを見てマーシャも管理の方法を憶え、廃村のメニューに新たな一品が追加されるのであった。




