第一章 始まりの場所 1.廃村
第一部、引き籠もり生産パートの開幕です。
軽い眩暈から醒めたような感覚を覚えて辺りを見回すと、全く見覚えの無い場所にいた。
子供の頃の乏しい記憶は素より、今までに観たり読んだりした映画や小説・漫画などの舞台とも違っている。何より彼により、眠りに就く前は病院の個室にいたわけだから、ここが神様の言う「転生先」なのは間違い無いだろう。
激しく脈打つ心臓を、二度三度深呼吸する事で落ち着かせると、再度ゆっくりと辺りを見回した。
農業がしたい、人気の無い場所が好い、などと手前勝手な望みを吹いておいたが、神様はきちんとその願いを叶えてくれたようだ。なるほど、これほど条件に適った場所はそうそう見つからないだろう……
――廃村――
有理が現在いるのはそこであった。
(なるほどなぁ……)
確かに上手い場所に送り込んでくれたものだ。曲がりなりにも農村だったようだから、そこそこ農業に適した……と言うか、その見込みがあった場所なのは間違い無い。廃村になった理由が判らないのは不安要素だが、それは追々判るだろう。
また、放棄されてからそれほど年数も経っていないらしく、建物などはまだ充分に使えそうだ。ただ、有理の感覚からすると、どの建物も随分と大きいようだが……
(いや……違うのか……?)
ここで有理は自分の勘違いに気付く。建物が大きいのではなく、自分が小さくなっている。
改めて自分の身体を見直すと、掌の大きさや家屋との対比から考えて、どう見ても十歳前後に若返っているようだ。
確かに、少しばかり若くしておくとは言っていたが……
(神様からすれば、二十年や三十年は束の間なんだろうなぁ……)
子供の身体でどれだけやっていけるのか不安はあるが、神様だってできると思ったからこの年齢にしたのだろうと思い直す。……手加減を過った可能性を完全に否定できないのが不安だが……今更どうこう言ったところで始まらない。
(ラノベなんかだと、ステータスの確認から始めるのが定番みたいだけど……)
「まずは身の回り品の確認からかな」
試しに声に出してみる。何の不都合も無く発声はできたが、案の定その声は高い。声変わり前と思われるが……
「……この世界にも声変わりってあるのかな?」
声変わりとは無関係に全員の声が甲高い世界だという可能性もある。大気にヘリウムが含まれているとか何とか。
また――正直考えたくもないが――転送だか転生だかに際して性別が変わった可能性も無視できない……。
危機感を覚えて確認したが……性別は男性のままだった。一安心である。
気を取り直して身の回り品のチェックに戻る。
身に着けているのは粗末な衣服の上下。麻か木綿か能く判らないが、染めてもいない生成の布でできている。上はやや長目のチュニックのようだが、丈が少し長いのは、大人物を着ているからのようだ。ダブダブのウェストの部分は、縄のようなもので縛ってある。ズボンは普通のズボンのようだが、ベルトの代わりにこちらも縄で縛ってある。裾は折り曲げて穿いているから、これも大人物を流用しているようだ。足に履いているのは靴ではなく、革製のサンダルのようなもの。外れないよう革紐で縛ってあり、昔の草鞋のような感じである。いずれも粗末ではあるが、不潔な感じはしない。
腰には少し大きめの短剣……と言うか、剣鉈のようなものを帯びている他、ポーチのような革袋が括り付けてあった。袋の中を検めてみると、おやつ代わりと覚しき木の実が幾つか入っているだけである。あまりに貧弱な装備に危機感を覚えたところで、神様に【収納】を強請っておいた事を思い出した。
早速【収納】物を確認してみたところ、食糧や水袋、定番とも言えるポーションの他に、幾つかの小道具や素材っぽいものなどが仕舞われており安心する。
それらの中に混じって、一通の手紙があった。
次話は約一時間後に投稿の予定です。