第七十六章 家路 4.夜営時の歓談~ダーレン男爵案件~
「まぁそんなわけだから、ユーリが気に病む必要は無ぇよ」
「そうそう。バカの相手はギルドに任せとけばいいって」
「ギルドもそれなりに強かだからな。心配は要らんよ」
「はぁ……」
未だ得心には至らずという体のユーリを慮ったのか、クドルはバッサリと話題の転換を図る。
「そんな事より、帰りはユーリんとこの領主様――ダーレン男爵っていったっけな?――のところに寄らなくてもいいのか?」
この問いはどちらかと言えば、ユーリではなくオーデル老人に向けられたものであった。下駄を預けられた形の老人は、ふむ――というように暫し考え込んだが、
「……今回は必要無いじゃろう」
――というのがオーデル老人の判断であった。
ダーレン男爵のところへ寄れば、どうしたって今回のバカ旦那の件をチクらないわけにはいかない。フランセル子爵に先んじてそんな真似をすれば、今度はフランセル子爵の顔を潰す事になりかねない。敢えて火中に踏み込む必要は無いではないか。
「どうせ今頃はアドンのやつも動いとるじゃろう。儂らだけで勝手な真似をするより、あやつに任せておくのが一番じゃ」
「なるほど」
クドルたちは納得したようだが、本当にそれで大丈夫なのか? 蚊帳の外に置かれた立場のダーレン男爵が、気分を害したりはしないのか? ユーリの懸念はオーデル老人によって軽やかにスルーされた。
「思いの外ローレンセン滞在が長引いたので、ユーリ君も儂も急いで村へ戻らねばならん。殊にユーリ君は、新たな作物の試験栽培を領主様直々に仰せつかっておる身じゃからな。ここは余計な回り道などせずに、村へと急ぐのがご奉公というもんじゃ」
「なるほど……」
ものは言いようであると、ユーリは素直に感心した。領主のところに報告に行くのを、〝余計な回り道〟と言ってよければであるが。
「ま、頃合いを見て今回入手した作物の様子をお教えすれば問題あるまい。胡椒でも持ち出せば一発じゃ」
「あぁ……アレがあったっけな……」
「そりゃ、ご領主様も黙るわよね……」
ユーリが大市で仕入れた胡椒については、既に事態を重く見たアドンから、関係各位に箝口令が出されている。発芽の成否すら判らないとあって、フランセン子爵にも――当分は――報告しないつもりらしい。
「胡椒は……そもそも芽が出るかどうかも怪しいですから」
「まぁ……そうだろうな」
「ふむ……『ウマゴヤシ』と『ハナノボリ』『クサボウキ』について儂らの方で試してみて、その結果を先にお知らせした方が良いかもしれんな。その手紙に、ユーリ君も色々試しておるようじゃと書き添えておけば大丈夫じゃろう」




