第七十六章 家路 2.珪砂採集(その2)
死霊術師シリーズの新作「貴方はだぁれ?」を昨日から公開しています。本日も21時頃に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。
ユーリが心の師と仰ぐブンザ(故人)は、生前は小さな村で糊口を凌ぐ貧しい錬金術師に過ぎなかった。しかし弱小であればこそ、その限られた力量を駆使して依頼に応えるべく、創意工夫を凝らして仕事に邁進していたのである。
そんなブンザが書き残したメモの数々は、錬金術師としては駆け出し未満の見習いを自認するユーリにとって、まさに至宝とも言えるものであった。自分のような非才無力の凡俗――註.ユーリ視点――にも一通りの事ができるように、数多の省力化と代替手法が書き残してあったのだから。
そして……寒村の弱小錬金術師に過ぎなかったブンザにとっては、素材など金を出して買うものではなく、自ら産地に足を運んで採集するものであったらしい。チッポ村から行ける範囲にある素材の産地も、手記には網羅してあったのである。これだけでもユーリにとっては万金に値する情報であった。尤も……
「距離的にそこくらいまでが限界だったみたいで、そこから先の産地については書いてないんですけど」
「まぁ、仮に足腰に自信があっても、塩辛山には行かなかったと思うぞ」
確かに、魔獣の犇めく塩辛山は、そんじょそこらの一般人にとっては敷居が高過ぎるだろう――得られる素材が幾ら上質であるにしても。
「――てかユーリ、珪砂ってなぁ塩辛山じゃ採れんのか? いや、別に寄り道すんのが嫌ってわけじゃねぇんだが」
去年も簡単に掘ってたみたいだし、家の近くで採れるのなら、そっちの方が手軽だろう――というクドルの指摘を受けて、ユーリも考え込む事になった。
確かに、ユーリにとって珪砂の需要は、今後増える事はあっても、当分の間減る事は無いだろう。その都度外に探しに行くのも、面倒と言えば面倒である。塩辛山で採れるのであれば、それに越した事は無い。
何しろ物は珪砂であり、その元となる石英は――ユーリの前世の記憶に拠れば――地殻を構成する非常に一般的な造岩鉱物であった。その母岩が風化を受けて、摩耗しにくい石英だけが残留集積したものが珪砂である。集め易いかどうかが問題なのであって、それを無視すれば、極論すればどこででも採れると言ってよい。
(……【土魔法】を使えばできそうだな。崖崩れの跡も何ヵ所かあったし……)
既に砂鉄の産地も見つけてあるし、あの辺りでなら珪砂も採れるのではないか。
塩辛山の立地を考えると、岩塩が混じる可能性はある。しかし岩塩は岩塩で、使い途は幾らでもある。冬の間は雪崩の危険もあったし水も冷たかったしで、斜面の掘削だの川砂の採集などには手を出さなかったのだが、これからは雪も融ければ水も温む一方である。探索にも採集にも持って来いの季節ではないか。
「そうですね……帰ってみたら探してみようかと思います」
「おう。じゃ、とりあえず手記にあった産地ってところに行くか。この先の脇道を右だな?」
「あ、はい。手記にはそうなってます」
「聞こえてるなフライ? この先の脇道を右だ」
「へぃへぃ、解ってますよ……っと、あれか?」
ブンザの手記に従って行った先は川であった。去年行ったチッポ村近くの採集地は崩落斜面であったが、ここでは川砂を採っていたようだ。上流に行けば崩積地もあるのだろうが、道が険しくなるために断念していたらしい。まぁ、堆積している範囲が広い上に堆積の厚みもそれなりなので、川砂を掘るだけでも充分な量が採れそうだ。オーデル老人やクドルたちを引っ張り廻すのも憚られるし、ここはユーリも師匠の顰みに倣う事にする。
環境破壊の二歩手前ぐらいで採集を止めたが、その頃には太陽も大分傾いていた。このまま街道を戻っても、手頃な時間に野営地まで辿り着けるかどうか怪しいというので、この日はこのまま山麓で野営する事にした。野営適地もブンザの手記に載っていたし。
「何か……済みません」
自分の我が儘で予定を狂わせたユーリは恐縮至極の体であるが、クドルもオーデル老人も、ついでにドナも気にした様子は無い。旅というのは大体がそんなもんだ。
せめてものお詫びにと、ユーリは夕食の食材を提供する事にしたのであった。




