第八章 見えざるものの影 1.インビジブルマンティス
【察知】が一瞬だけ、しかも曖昧に反応した。
僕はしばらく足を停めて様子を窺ってみたが、何も起こらなかったので、注意しつつ足を進めていった――【察知】が反応した場所へ向かって。
攻撃を受ける直前に気が付けたのは僥倖だったと思う。お蔭で辛くも初撃を免れる事ができた。巨大なカマキリの化け物の、危険な鎌の一撃を。
「あ、あっぶねぇ~」
【鑑定】してみたら、インビジブルマンティスという昆虫系の魔獣らしい。背丈は僕よりずっと高いし、鎌の長さ――刃渡りでいいのかな?――だけでも五十センチ近い。普通のカマキリの鎌とは違って、獲物を捕らえるだけでなく、振り回して致命傷を与える事もできるみたいだ。
保護色……と言うか、ほとんど【隠身】並みの隠れっぷりでじっとしていたから、【察知】だけでは充分に捉えられなかったようだ。動かないものに対してには、【察知】は反応しにくいらしい。僕が命拾いできたのは、普段から【察知】と【鑑定】を同時に使っているからだろう。村の外に出る時はほとんどいつも重ねがけしているので、レベルも異常なまでの速さで上達しているしね。
【察知】で何かを感じ取ったら、その場所に対して【鑑定】をかける。この連動の効果には目を瞠るものがあり、多くの魔獣の接近を事前に知る事ができていた……今までは。
今回のカマキリは、向こうから突っ掛かってくるのではなく、僕が近づくまではじっと動かずに、射程距離に入った途端に急襲してきた。悔しいが、先手を取ったのは向こうの方だったわけだ。
……【察知】だけに頼っている今の状況を改善しないと、森の中へ分け入るなど、夢のまた夢だろう。
「……と、反省は後回しにして、今はこいつをどうにかしなくちゃ」
ただ……このカマキリ、初撃を躱したら、それ以上襲ってこようとしないんだけど……
「……ある意味でクモに似てるのかな。捕まえられなかった獲物には執着しないとか?」
だとしたら、無理して戦う必要は無いのかもしれないけど、こんな危険な魔獣がいるとなると、おちおちここで動けない。転ばぬ先の杖ってやつで、狩っておくのが正しいんだろうけど……
「……一応、会話が成立するか試してみようか……おい、お前、僕の言ってる事が解るか?」
話しかけてみてもじっと動かない。そろりそろりと近寄ってみると……
「――危なっっ!!」
射程に入った途端に再び攻撃してきた。駄目だ、こいつ。ほとんど反射だけで動いてるよ。
交渉は無理のようなので、安全保障のために狩る事にする。こういう手合いを相手にするには、間合いの外から片付けるに限る。ウィンドカッターで頭を飛ばしてやったんだけど、身体の方はしばらく動いていた。……不気味だ。
「……【鑑定】では食べられるって出てるけど……ハリガネムシとか寄生してないだろうな。鎌は武器とか素材に使えるみたいだけど……」
今までにも昆虫系とかそれに近い魔獣は何回か狩ったし、食糧にしてもいるんだけど……やっぱりあまり馴染めない。
――いや、今はそんな贅沢を言ってられる状況じゃないから、ちゃんと食べるけど。食べてみれば結構いけるけど。
「まぁ……食糧が手に入った事を喜ぶか……」
それよりも問題なのは、今回明らかになった僕の索敵能力の弱さだ。動きの少ない相手に対しては、今のレベルの【察知】だけでは上手く対処できないらしい。
と、いう事は……
「……待ち伏せもそうだけど、罠とか仕掛けられていたら、引っかかる可能性が高いって事だよな……」
この件は早急に対応すべきだろうね。