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第七十四章 触媒買います 4.医食同源

 付与に使う触媒の購入――という大義名分の(もと)での酒漁り――を済ませて、上機嫌でアドン邸に戻って来たユーリであったが……酒屋の(おや)()との会話の中で、少し気になる事があった。



(〝医食同源〟っていう発想は……こっちの世界には無いのかな?)



 前世の日本とは違って、ビタミンBやタウリンなどの強壮成分を、食物から摂るという意識が希薄なような気がするのだ。魔獣の肉が魔力や体力の回復に効果があるという事は知られているようだが、そこから一歩進んで、〝体調改善のために然々(しかじか)の食材を摂ろう〟という発想に進まないような気がする。或る意味では魔獣肉やポーションが優秀過ぎた弊害なのだろうか。



・・・・・・・・・・



「そうだなぁ……俺たちのような料理人は、そういう事も一応(わきま)えちゃいるが……普通の家でそこまで気にするか――ってぇとなぁ……」



 アドン邸の料理長たるマンドはさすがに知っていたようだが、それが一般家庭に周知されているかというのは、また別の問題であるらしい。



「貧乏人にゃ食えるもんを選ぶゆとりなんざ無ぇだろうし、逆にお大尽(だいじん)は美味いもんに目を向けがちだからなぁ」



 少し体調が悪くなれば、ポーションなり治癒師なりに頼れば済むわけで、普段から体調を維持するための食材に気を遣う――という発想には至らないものらしい。



「ユーリはそういうの詳しいのか?」

「僕のところはほら、薬なんてそうそう手に入らない環境ですし」



 冒険者ギルドが目を()くようなポーションを自作しておいて、どの口でそんな事をほざくのか――と言いたくなるが……ユーリの言っている事も(あなが)ち間違いではない。薬がそうそう手に入らないがゆえに自作に走らざるを得なかった――という事情もあるのである。……結果として出来上がったものがアレだという事はさて()いて。


 まぁそんな事情から、平生(へいぜい)から食材の効能には気を遣わざるを得なかった――と、得々(とくとく)として述べるユーリであったが、その後のマンドの素朴な質問によって、急所を(えぐ)られる事になる。



「へぇ……で、ユーリはどうやって、その『効能』とやらを知ったんだ?」

「それは勿論(もちろん)【鑑t……」



 ――公式にはユーリは、【鑑定】スキルを持っていない事になっている。

 その設定をすんでのところで思い出したユーリの台詞(せりふ)は、(しり)()蜻蛉(とんぼ)なものにならざるを得なかった。



「……『かん』?」

「……いえ、あの……何となく、『勘』で」

「なるほど、『勘』で」

「えぇ、『勘』で」



 (しば)しユーリに生温かい視線を向けていたマンドであったが、内心では別の事を考えていた。この……ユーリに言わせると〝医食同源〟という考え方は、



(……奥様やお嬢様が艶々になっている理由に使えるんじゃないのか?)



 実際にアドンの妻子がツヤピカしているのは、ユーリが塩辛山で育てた作物を食べているからである。その事を隠しておきたい事情はマンドも承知しているが、



(……別に塩辛山産じゃなくたって、身体に良い食いもんぐらい、他にもあるだろう?)



 ()くしてマンドはユーリの口から美容食に関する知識を引き出す事に成功し、その結果アドンの妻子は今まで以上にツヤピカする事になるのであった。まぁ、マンドの思惑(おもわく)どおり、その理由を「美容食」という発想にミスリードする事にも成功するのであったが。


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