第七十二章 インバの魔道具店 4.新規発注あれこれ(その1)
さて――目線変わって、こちらは発注済みの魔道具を首尾好く受領したユーリである。当初の目的であった魔道具二点は、どちらも問題無く入手する事ができた。この上は粛々と引き上げるだけ……という殊勝な判断など、ユーリが下すわけが無い。滅多に来る事のできない魔道具店なのだ。仮令その目を皿のようにしてでも、店内の隅から隅まで塵一つ逃さず、じっくりねっとり検分せずしてどうすると言うのだ。
殊にユーリの気に懸かっているのは、マンドから聞いた攪拌器――註.ユーリ認識――である。ミキサーなら色々と使いどころはあるし、その技術を応用した製品も多岐に亘る。ここで手に入るものなら手に入れておきたい。
――という思惑の下に、先程から店内を見廻しているのだが……此は如何に、どれだけ眺め廻しても、それらしき魔道具が見当たらないのである。マンドの口振りでは、厨房ではそれなりに普及した魔道具のようであったのだが?
「攪拌器? それならこっち!」
思い余って近くにいたシリカに訊ねたところが、意気軒昂と店の一画に引っ張っていかれた。……いや、そこは失敗作の処分品コーナーではなかったのか?
内心で訝っているユーリの心中など何するものぞと、シリカが得意げに取り上げたものは、
(……ボウル?)
自分が欲しいのはミキサーである。ボウルに用は無いのだが――と困惑しているユーリを前に、得々とその長所を並べ立てていくシリカ。その説明を聞く事で、ユーリは漸くこの世界の「攪拌器」がどういうものなのかを知る事ができた。同時に、自分が大きな勘違いをしていた事も。
(こっちの「攪拌器」って……こういうのだったのかぁ……)
善くも悪しくも前世の記憶を引き摺っているユーリは、調理用の攪拌器というのはミキサーかそれに類するものであろうと、頭から決めてかかっていたのだが……自分の考えが浅かった事を思い知らされる事になった。何しろこちらは「剣と魔法の世界」。攪拌器と言っても電気とモーターで動くような無粋なものではなく、
(ボウルに魔術式が組み込んであって、中に容れた材料を攪拌するわけかぁ……そりゃ、微妙に話が通じないわけだよね……)
完全に材料の攪拌だけに特化しているため、回転するブレードで材料を切断・粉砕するなどの機能は無い。前世の器具で喩えるなら、化学で液体の調製などに使われていたマグネチック・スターラーが一番近いかもしれない。
ユーリの感興はさて措くとして、シリカの熱弁するところに拠れば、この「攪拌器」は回転の速度を連続的に調節する事が可能な優れものであるらしい。いわゆる「無段変速機能付き」というやつであろうか。……なのに、そんな〝優れもの〟がなぜ処分品コーナーで髀肉の嘆を託っているのかと言えば、
「回転速度の調整を間違えたんだよ、この馬鹿娘は」
「おばさん!」
性能向上――註.シリカ視点――に夢中になり過ぎて、回転速度が不必要なまでに高速になった結果、速度を最高に設定すると、
「はぁ……勢い余って、中身が飛び出ちゃうんですか……」
なまじ無段変速にしたばっかりに、適正スピードに合わせるのが難しくなったらしい。挙げ句、適正より高速回転になり易く、中身が飛び出る事故が続発したのだという。
「あの惨状を見たら、とてもじゃないが客に勧めようって気にゃならないね」
なので買う素振りを見せた客には、一応忠告しているのだという。それでも面白半分に買っていった客もいたのだが、何れも三日と空けずに返品に来たらしい。
無段変速を段階変速に直すか、最高速度を調整し直せば売れるのだろうが、技術に拘るシリカが頑として受け付けようとせず、今に至るも処分品コーナーの主と化しているのだという。後で覗いているナガラも呆れ顔である。
「……まぁ、器自体も結構大きいですし、少量だけ混ぜる分には大丈夫かもしれませんね。僕は一人暮らしなんで掻き混ぜる量も高が知れてますから」
「……坊やが買ってくってのかい? 店としちゃ、あまりお勧めできないんだけどね」
「おばさん!」
「どうしても駄目なら、その時は蓋でも被せればいいでしょうし」
ユーリが購入を決めた理由は、高速回転と無段変速の魔術式欲しさという事に尽きる。この店にやって来たお蔭で、ミキサーのような調理器具がこちらでは未発達である事も判った。それらの器具を欲するというなら、自分で創るしか無いではないか。
以前にミキサーの試作を考えて、シーリングが難しいと考えて断念したが……能く考えれば前世には、ハンドミキサーやハンドブレンダーなどの道具もあったではないか。あれなら回転部をボウルに突っ込んで使う仕様だから、シーリングは問題にならぬ筈。
ただし自作すると言うなら、回転の魔術式は必要である。高速回転と速度調節の機能まで付いているというなら、参考にするには打って付けだとも言える。
そんな肚の裡はチラとも見せず、〝高速回転はロマンですから〟――などと言って購入を宣言したユーリに、インバは呆れ顔である。ちなみに後で見ている保護者たちは、既に諦観の表情を浮かべている。どうせユーリは聞き入れやしないし。
「ただ……」
理解者現ると浮かれているシリカの方をチラリと見て、ユーリは釘を刺す事も忘れない。
「僕は面白……使えそうだから買う事にしましたけど、ユーザー目線で設計しないと売れないと思いますよ?」
「はぃ……」
ずっと年下――註.シリカ視点――の少年に諭され窘められるという体験は、さしものシリカをも考え直させる結果になったらしい。しおらしく頭を垂れて忠告を聞き入れたのであった。
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時頃に更新の予定です。宜しければご笑覧下さい。




