第七十一章 マガムとの会見 2.会見
「――そんな事よりユーリ君、君には色々と訊きたい事が山ほどあってだね」
格式だの礼儀だのは些末な問題であると言わんばかりに食い付き気味のマガムを見て、あぁ、前世の日本にもこんな人っていたよな――と、ある意味での既視感を覚えるユーリ。……どちらかと言えば自分もその同類に入るのだという事には、当然ながら気付いていない。
――結論から言えばそんな似た者二人は、周りからの生温かい視線に気付く事も無く、魔術という共通の話題で大いに盛り上がったのであった。
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「――え? 水魔法で血抜きって、やらないんですか?」
真っ先にマガムが質問したのが、魔獣の血抜きを水魔法でやっている件であった。そしてその事で、逆にユーリは己が如何に非常識な事をやっていたのかに気付く事になったのである。
「普通はやらない……と言うか、できないね。消費魔力量が大き過ぎて」
……そう言えば最初に試した時に、少し疲れたような気がしたが……
「いや――疲れるとかのレベルじゃなくてね……並の魔術師なら昏倒しかねないよ?」
「そうなんですか!?」
転生当初に自分のステータスを確認したのは良かったが、そのステータスが一般人と較べてどうなのかという点を確認し忘れたユーリのミスであった。
何しろユーリは女神アナテアからの手紙によって、〝己の力量は塩辛山最底辺〟だと固く思い込んでいる。魔獣の犇めく塩辛山に唯一人住んでいるため、「他の人間」という視点が欠けていたのは迂闊だった。そう反省したユーリは、
(……参ったなぁ……アドンさんやクドルさんが、時々妙な顔をしていたのはそのせいか。けど……そうすると……塩辛山の魔獣が僕よりずっと強いのは確かなんだから……慢心も油断もしないように注意しなくっちゃ。……今まで魔獣を狩れたのも、【隠身】で不意を衝いてきたのが大きいよね)
……少し形を変えはしたようだが、〝己の力量は塩辛山最底辺〟というユーリの信念は健在なのであった。
さて、その一方でマガムの方はどうかと言うと……
(……この子は自分の魔力量を知らないのか? ……いや……そう言えば、アナテア様の加護持ちだったか……)
マガムは王立学院魔導部主任教授の職にあるが、元々はローレンセンの出身で、屋敷もこの町に構えている。そんな事情もあって、マガム教授とナウド司祭は顔見知り……どころか、肝胆相照らす仲であった。ゆえにユーリの加護という個人情報についても、マガムがユーリと会うのならば知っておいた方が良いだろうと――他言は厳禁と強く口止めした上で――教えてもらっていたのである。無論、そんな事はおくびにも出さないが。
それはともかく、女神アナテアの加護を受けているのであれば、ユーリが自分の魔力量を過小評価していたとしてもおかしくはない。こっそり教えてもらった鑑定結果も大概――一般的な魔術師の魔力量が平均して50前後だというのに、ユーリのそれは83――であったが、実際の魔力量は更にその上をいく筈だ。水魔法で血抜きなどという豪気な真似をして平気でいられるのも頷ける……
――と、こっちはこっちで納得していたのであった。
そしてこの二人が、ユーリの魔力量というデリケートな話題――一応は個人情報――をそれ以上追及する事無く、さらりと別の話題に移った事で、ユーリの誤解は確固として残る事になったのであった。




