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第七十章 その日の晩餐 2.異世界ミルク事情(その2)

 ユーリがミルクを欲しがった事、それを夕食の席で持ち出した事で、その場の話題も(おの)ずとミルクの話になった。


 先程も述べたように、ここリヴァレーン王国におけるミルクの立ち位置は、未だ食材の一つというものに留まっており、飲料としての地位は獲得していない。なので居合わせたアドン夫人が、そんなに大量のミルクをどうするのかとユーリに訊ねたのも、これは無理からぬ話であった。そして、それに対するユーリの答えは、



「え? 飲むんですけど?」

「「「「「――え?」」」」」

「え?」



 ユーリは知らなかったようだが、実は地球世界のヨーロッパでミルクが飲まれるようになったのは、十九世紀に入ってからの事だという。

 ここリヴァレーン王国においても事情は同じで、ミルクは飲料と言うより食材の一つであった。ゆえに、ユーリの〝ミルクを飲む〟発言は、一同の不審と困惑を買ったのである。

 その辺りの事情は解らなかったユーリであるが、こっちはこっちで〝ミルクをがぶ飲みするというのが、赤ん坊のように思われたのではないか〟――と、ズレた判断を下していた。ゆえに――



「あ――いえ、ミルクをそのまま飲むんじゃなくて……いえ、そのまま飲む事もありますけどそれだけじゃなくて、ミルク……」



 危うくミルクティーと言いそうになって踏み留まった点については、ユーリを()めるべきであろう。何しろこちらの世界に転移してからこの方、アドンどころか領主の城での食事においてさえ、紅茶と呼べるようなものにはお目にかかった事が無いのだ。ここで()(かつ)に茶の事など口走ったら、どんな追及を受けるか知れたものではない。()して、買い込んだばかりで試してもいないコーヒーの事を、この場でカミングアウトするわけにはいかないではないか。



「――ミルク……何だね?」

「その……ミルクセーキとか……」

「「「「ミルクセーキ?」」」」

「それは何だね?」



 牛乳・卵黄・砂糖・バニラエッセンスを混ぜて作るフレンチスタイルのミルクセーキが現れたのはいつ頃か。これについては未だ不明な部分も多いようだが、「milkshake」という単語が初めて確認されたのは、精々一八八五年の事らしい。ただし、この時の「milkshake」は、アルコール飲料の一種であったようだ。

 ここリヴァレーンの歴史が地球のそれをなぞっていると考える根拠は無いのであるが、少なくとも「ミルクセーキ」という名前は、アドン一家にとっても初耳であったらしい。

 ともあれ、どうにか誤魔化せたと密かに胸を撫で下ろしているユーリであったが、その実一同はもぅ諦めているだけである。〝七歳まで祖父と二人で浪々の旅暮らし。その後は塩辛山に引き籠もり〟の筈のユーリが、一体どこで〝ミルクと卵黄と砂糖〟で作る「ミルクセーキ」なるものの味を知ったのか。もはや誰一人として突っ込もうともしない。ユーリ(これ)はこういう生き物なのだ。



「バターミルクとかにして飲んでいるのかと思ったけど……」

「バターミルク?」



 バターミルクとは、牛乳からバターを造る時の副産物としてできるもので、要するにサワークリームからバターを除いた残りである。二十一世紀日本での知名度は低いが、結構美味な飲みものであったという。



「そんなにバターばかり造っても、しょうがないものねぇ」



 ――と言うアドン夫人に(うなず)く一同。ミルクはバターかチーズに加工するもの。それが世間一般の常識である。ただ……そういう「常識」とかけ離れた知識を開陳(かいちん)するのがユーリではないか。一同の視線は自ずとユーリに集まるわけだが……



「ねぇユーリ君、ユーリ君は……その……ミルクセーキとかいうのを常飲してるの?」



 そうドナに聞かれたユーリは、必死で記憶を探っていた。理由は解らない(笑)が、なぜかミルクセーキは皆の不審を掻き立てたようだ。他に当たり障りの無い飲みものは……

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