第六十九章 春の大市~掘り出し物の楽日~ 3.赤い実を食べた
有能な同行者たちの助言と、何よりアスパラガスを始めとする有用作物の数々を実際に入手できたという実績から、それまであまり期待していなかった最終日の出物にも、一転して注意を向け始めるユーリ。それが果たして良い事なのか悪い事なのか、同行する面々は一抹の不安を抑えきれなかったが、
「あ……」
生殺し状態の待ち時間は、ユーリが声を上げた事で終わりとなった。
さぁ来た、今度は何なんだ――と、気を引き締める一同であったが、ユーリが足を停めた場所に置いてあったのは、
「……かなり傷んでるみたいだけど、廃棄品ですか?」
「いや! ……いや……こっちとしては捨てるつもりは無いんだけどな……」
「でも、売り物には到底見えませんけど?」
「そうなんだよなぁ……思った以上に傷みが進んでてよ……」
「? どういう事です?」
事の次第が解らず不思議そうな子供に、店の男は苦笑交じりに事情を話す。一向に売れない処分品の番に、いい加減飽きていたのかもしれない。
「ははぁ……荷を開けてみたら、保存用の魔術符が破損していたと?」
「おう。どうも船で運んで来た時に、時化に遭ったか何かしたんだろうな。ほれ、この態よ」
とても売り物になりそうに無かったから、こうして最終日に叩き売っているのだ。そう言って、男がひょいと取り出して見せたのは、木箱に張ってあったと覚しき魔術符であった。素知らぬ顔でそれを受け取ってしたり顔で検分するユーリ。男はその様子を苦笑いしつつみていたが、どうせ何も知らない子供が解ったようなふりをしている――ぐらいに思っているのは明らかである。
しかし! ユーリはこれでも歴とした! 【魔道具作製】と【付与】のスキル持ちである! 初めて見る魔術符であっても、そこに描かれた術式を読み取るぐらいはできるのだ。
(……へぇ……品質保存系の魔術符かぁ……これは何としてでも手に入れたいな。……ここにある「果実」は言うまでもなく)
不意を打たれるとまだ顔に出るが、最初から狙いを定めての事であれば、それなりに腹芸もできるユーリ。前世から通算して四十九歳。十二歳という見かけに反して精神年齢と経験値は高いため、それなりの交渉術は弁えている。
なので、何気無く弄ぶようにして魔術符を確保しつつ、ユーリの口から発せられた台詞は、
「幾つか試食させてもらっても構いませんか?」
この提案は店の男の意表を衝いたらしい。
「試食? ……いや、そりゃあ構わねぇが……俺が言うのも何だが……どうしようってんだ? コレ」
売り手の台詞とは思えない発言に苦笑いしつつ、
「とりあえず、味見をしてみたいだけですよ。ひょっとしたら、何かに加工できるかもしれませんし」
「加工ねぇ……ま、どうせこのままじゃ捨てるしか無ぇんだ。味見ぐらい、幾らでもしてってくれ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
ユーリは並べて置いてある「果実」のうち、やや小ぶりな方を手に取った。萎びてしまって如何にも不味そうな見かけであったが……
(……うん……前世で試食したのより果肉が厚くて渋味も少ないし、甘味も酸味もはっきりしてる。これなら果肉を生食するだけで、種子を利用するところまではいってないかもしれないな。果肉にもそこそこカフェインが含まれてるみたいだし……少なくともこの国では、コーヒーは知られてないみたいだしね)
――そう、ユーリが目を付けたのはコーヒーの果実、いわゆるコーヒーチェリーであった。




