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第六十八章 その日の晩餐 1.マヨネーズ哀歌  

 その日の晩餐には、(いささ)か人目を引くサラダが供された。珍しい――ひょっとするとこの国始まって以来かもしれない――クリームイエローの調味料を添えて。



「あ、早速の御目見得(おめみえ)ですね」

「マンドが随分と気に入っていてね。(ようや)く納得のいくものが作れたと言っていたよ。……揚げもの用のソースだと聞いていたんだが、生野菜にも合うのかね?」

「えぇ。……ただ、少し癖のあるソースなので、料理に合う合わない以前に、口に合わない人もいるかもしれません」

「なるほど、それは注意しておこう。……最初から料理にかけるのではなく、別の皿か何かに入れて出した方が良いかね?」

「その方が無難でしょうね」



 ユーリとアドンが何を話しているのかというと……マヨネーズである。昨晩マンドに教えたばかりのマヨネーズが、早速サラダに使われていたのだ。使い勝手の良さが余程に気に入ったと見えるが……実は、アドン以外に熱心に後押しした者がいた。



「本当に、このソースはサラダにも()く合う事」

「えぇ、野菜の味を()く引き立てて」

「これなら幾らでも食べられますわ」



 アドン夫人であるイルマ、婿を取って同居中の長女モーラ、そして三女のセラである。



(「……あの……アドンさん?」)

(「あぁ。野菜が美容と健康に良いという話をどこかで(・・・・)聞き込んだらしくてね。あの調子だよ」)



 素知(そし)らぬ顔のアドンであるが、実はユーリとマンドが話しているのを妻のイルマが立ち聞きしたのが発端である。無論、その話はアドンにも伝わっているが、余計な事は言わないのがアドンのスタンスである。それに、出所が自分だと知ったら、ユーリが気にしそうではないか。



(「そうなんですか? でも……あの、マヨネーズは摂り過ぎると太り……」)



 小声で言い終わる間も無く、女性三人が恐ろしい勢いで振り返る。ドナもピクリと耳を(そばだ)てたようだが、この時は無言の一手であった。



「「「どういう事ですの!?」」」



 思わず首を(すく)めたユーリを、誰が(とが)められようか。それほどまでに恐るべき(ぎょう)(そう)と勢いだったのであるが……しかし、ユーリとて伊達に前世で修行を積んではいない。いつの時代のどこの地にあっても、「美容」の二文字は全女性にとっての聖句である――という事ぐらいは承知している。



「え、えーと……マヨネーズは材料に油を使っていますから、食べ過ぎるのは健康にも良くないんですよ。何にでも合うというマヨネーズの美点が、この場合は(かえ)って仇になるんですけど。……ある意味で習慣性に近いものがありますし……」



 前世の日本で〝マヨラー〟と呼ばれていた者たちの事を思い出し、やや遠い目で忠告するユーリ。入院していた時、同室者の一人に〝マヨラー〟がいて、マヨネーズの持ち込みを巡って看護師と攻防戦を繰り広げていた。ユーリ自身はマヨネーズにそこまでの執着は無いが、様々な食材に合う事は承知している。



「そんな……」

「どうしたら……」



 身も世も無いかのごとくに打ち(ひし)がれた女性陣を見て、?マークを浮かべるユーリ。マヨネーズがそこまで口に合ったのだろうか?



(まぁ……マヨは()まる人間はとことん()まるからなぁ……)



 ――などと思いつつ、



「いえ……要するに程度の問題ですから、付ける量を加減すればいいだけですよ? サラダに合わせるくらいならともかく、何にでもマヨネーズを付けないと食べられない――なんて事になりさえしなければ、まぁ大丈夫ですから」

「そ、そうですわね……つい取り乱して……」



 前世でそういう手合いがいたのは事実だが、アドンの妻子もそうなのだろうか? だが、幾ら何でもそこまで迅速に()まったりするものか?


 事態を理解していないらしきユーリを見て、アドンは助け船を出す事に決めた。妻と娘の嘆きもユーリの困惑も、ともに無視できるものではない。……第一、ここで介入しなかったら、後で何を言われるか……

 〝習慣性〟云々(うんぬん)のところで思わず(ほく)()()んだのを、妻に見られていなければいいが……。いや、顧客確保の事を考えたのであって、妻たちを(わら)ったのでは決してないのだが、その弁明を妻と娘が聞き容れてくれるかどうかは別問題だし。

 ともあれ――



「あ~、ユーリ君。家内が気にしているのは、サラダに合う調味料の事だと思うんだがね。……ユーリ君は知らないかもしれないが、生野菜に合わせる調味料というのは、塩を除くと果実の汁くらいしか無いのだよ」

「そうなんですか!?」

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