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第六十七章 春の大市~作物探しの三日目~ 3.陸稲三昧(その2)

 幸いにして陸稲(りくとう)の値段は安いものであったため、ユーリは資金を磨り減らす事無く、ありったけの陸稲(りくとう)を買い占める事に成功していた。……一行の呆れ顔と引き換えに。



「……のぉユーリ君、詮索する気は無いんじゃが……その牧草を何に使う気なのかね?」



 ユーリの村では家畜を飼っていない事を知っているオーデル老人とドナにしてみれば、ユーリの行動――と執着――は、不可解以外の何ものでもない。

 しかし、それに対するユーリの答えは、



「え? 勿論食べますけど?」



 ――という、意外ながらも密かに恐れていたものであった。



「……食べられるのかね?」



 どこか怖々とした感じで訊ねるオーデル老人。家畜の飼料を食べるなど、ユーリの発言でなければ一笑に付していただろう。しかし、目の前にいるこの少年(ユーリ)は、毒芋と呼ばれたパパス芋を見事に調理してのけた逸材である。牧草の食べ方の一つや二つ、知っていてもおかしくはない。



「あ~……けど、今度のこれは好みが分かれるかもしれませんね」

「ふむ?」



 ユーリは自分だけ有頂天になっていたが、冷静に考えればこの国――と言うより、この大陸――は小麦食の粉食文化のパンの国である。米食の粒食文化の炊飯が受容されるかどうかは未知数……と言うより、大いに疑わしいだろう。もっちりとした粘り気のある食感が忌避される可能性も高そうな気がする……と言うか、実際に受けいれられなかったようだし。


 ユーリの発言を聞いたオーデル老人は、一旦は意外の念に打たれたものの、直ぐに考えを改めた。

 要はユーリの好みの問題だ。自分たちと違う食べ物を好むからと言って、それを非難する権利も、()してや制限する権利など自分たちにある筈が無い。この子(ユーリ)は充分過ぎるほど自分たちに貢献してくれたではないか。なら、ここらでユーリが自分(ユーリ)自身の好みで作物を選んだところで、誰が(とが)められようか。……隣で孫娘が微妙な顔をしているが……後で()く言って聞かせねばなるまい。


 ユーリの発言に当惑しているのはもう一人、他ならぬエトである。

 ()りにも()って家畜の餌を食べるのだと目を輝かせている。〝大丈夫かなこの人〟――というのが、エトの偽らざる心境であった。

 だがしかし、アドンとマンドからはユーリの買い物に余計な口出しをするなと厳命されているし、何よりユーリは自分に(めん)()と投げ独楽(ごま)をくれた当人である。あれらはどちらも自分の知らない異国の玩具(おもちゃ)であった。なら、新奇な牧草の食べ方の一つや二つ、知っていてもおかしくないではないか。(いささ)か微妙な念は禁じ得ないものの、ここは黙って(けん)の一手だろう。


 ドナ・カトラ・ダリアといった女性陣は無言で静観の構えであるが、当のユーリはと言えば……実は、少しばかり後ろめたい気分であった。

 何せダーレン男爵に新作物の開拓を約束したにも(かか)わらず、そしてオーデル老人もそれを期待しているであろうにも(かか)わらず、真っ先に買い漁ったものというのが、この国に受け容れられるかどうか微妙な陸稲(りくとう)である。課された使命をほったらかして趣味に走るのは如何(いかが)なものか――と、(はた)から見ればピントの外れた罪悪感を抱きはするものの……何しろ、ユーリがこちらに転生してから(はや)五年。五年ぶりに目にしたお米である。他人の意向など気にしていられようか。あぁ、己の業の深さに(おのの)かざるを得ないが……それでも何でもお米である! これは元・日本人としての譲れざるアイデンティティである! 運命である! 使命である! 美味しい調理法を工夫して、この国この世界にもお米文化を広めるのだ! この思いは決して自己弁護とか逃げ口上とかではない!

 ……などと、(いささ)(いびつ)な感じにヒートアップしているのであった。

 

 抱く思いは三者三様に違っていたものの、ユーリが陸稲(りくとう)を買い込むという方針を左右するほどではなく……結果としてユーリは本日も豪儀な大尽買いを見せつける事になったのであった。

死霊術師シリーズの最新作「スケルトン・パズル」、本日21時頃公開の予定です。宜しければご笑覧下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ元日本人なら仕方ないことよ…… あ、いいね機能実装されたので出来れば受け付けて貰えるとありがたいです。押します。
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