第六十六章 その日の晩餐 5.挽肉料理談義
マンドのよもやのカミングアウトに頭が真っ白になったユーリであったが、気を取り直して話を訊いてみると、
「……なるほど……調理の技法として認識されてないかったわけですか」
「あぁ、腸詰めを作る時に肉を刻むなぁ知ってたし、固ぇ肉を細切れにして食べ易くするってのも聞いた事がある。屑肉をそうやって食べるってのもな。だが、そいつを一般的な調理法として、況してや、そういう肉を当たり前の食材として見る発想は無かったな」
肉団子などは前世の地球ではありふれた調理法であったが、こちらの世界では少し違うのだろうか――と内心で訝るユーリであったが、
「考えてもみろ。良い肉ならそのまんま食うってのが普通だし、固ぇ肉や屑肉を食う貧乏人なら、態々そいつを細切れに刻むなんてぇ手の込んだ真似をするかよ。況してや、大量の油と薪を使って揚げるなんざぁ、普通は考えねぇよ」
――と、大真面目に言われると納得するしか無い。いや、納得も何もそれがこの世界の現実だと言われれば、認めるしか無いのだが。
「そういう意味じゃまぁ、お偉方の意表を衝いた料理って事にはなるだろうな。……ただなぁ……」
マンドが気にしているのは、挽肉という材料が、貧乏臭いものに思われないかという点であった。
「そこは調味料でごり押ししましょう。粗挽きの黒胡椒でもふんだんにかけてやれば、貧乏料理とは言わないでしょう?」
味の方は保証しますという言うユーリにマンドも首を傾げていたが、何はともあれ作ってみなければ始まらぬだろうという事になり、オムレツやフランとともに実作したわけだが……結論から言えばあっさりと受け容れられた。何れもアレンジの幅が広い事と、特に玉子料理に関しては、似たようなものは真似できても、同じ品質のものを作り出すのはそれなりのノウハウが無いと難しい事、つまり――
「こっちが先を走れるってなぁ悪かねぇ」
「オムレツ専用のフライパンとか、簡単には思い付かないでしょうしね」
「つぅか、単純に贅沢な話だぜ」
さてそうなると、挽肉料理においてもアドバンテージを保ちたいのが人情である。だが、挽肉自体は――上流階級の食事に登場する事があまり無かっただけで――特に目新しい調理法ではない。真似されるのは必然だろう。
では、どこに工夫の余地があるかと言うと……
「そうですね……一つには合い挽きという方法でしょうか」
「逢い引き? ……綺麗どころでも使って誑し込むってのか?」
「そっちの〝逢い引き〟じゃなくって……えぇと……要するに、二種類以上の肉を混ぜた挽肉の事です」
「へぇ……そんな事までやるのかよ?」
「まぁ、これは好みがありますけどね」
「他には?」
「そうですね……前にもお話しましたけど、手作業で肉を挽き潰すんじゃなくて、道具を使うというのはどうでしょうか。上手く細かく潰せるようなら、滑らかな舌触りを出せるかもしれません」
「魔道具か?」
たかが挽肉を作るためだけに魔道具を誂えるのは如何なものか、いや、それで名声を保てるというなら一考の余地はあるのか――と悩むマンド。
そこにユーリが投げかけた台詞は、
「あ、いえ。挽肉を作るだけなら、必ずしも魔道具にする必要は無いかもしれません」
「……やっぱり手作業でやるってのか?」
「手作業と言えば手作業ですけど……要は魔道具ではなく、普通に手動の道具を使うという事ですよ」
この時ユーリが頭に浮かべていたのはミンサーである。ミートチョッパーと呼ばれる事もあるが、肉片を投入してハンドルを回すと、挽肉になって出て来るアレである。
前世で母親が――一時――使っていたのを思い出し、【鑑定】先生のお力で大雑把な構造を調べる事ができた。螺旋状のロールだの、プレートとナイフの噛み合わせだの、独力で造るのは荷が重い。なので大雑把な構造だけを伝えて、マンドなりアドンなりに手配してもらおう。あわよくば自分にも一台――などと皮算用をしていたりする。
そして、そんなユーリからミンサーの概要を伝えられたマンドは、直ちにアドンに掛け合うべく、厨房を出て行くのであった。
……一見スムーズに終わったかのように見えるが……実は、ここでユーリはとある伏線の回収に失敗していた。以前チラリと頭を掠めていた、フードプロセッサーの事である。
ミートミンサーの事は思い出しておきながら、ユーリはなぜかハンドブレンダーという調理器具の事を失念していた。そう、ハンドミキサーのように手持ちの状態で使用する、食材の粉砕・攪拌のための器具である。
動力部を手で保持した状態で、刃の部分を上から差し込むようにして使うため、据え置き型のミキサーやフードプロセッサーと違って、シーリングの事を心配する必要が無い。ゆえに回転運動だけを確保できれば、開発のハードルは低いのである。
ただ……繰り返すが何故か解らぬ理由によって、ユーリはハンドブレンダーという調理器具の事を、少なくともこの時には思い出さなかった。後になって思い出し、これなら自力でも何とか作れるのではないか――と、村へ帰った後で試してみる事になるのだが……それはまた別の話になる。
だがまぁ、それはそれとして……この小さなすれ違いの結果、アドンはハンドブレンダーというチート調理器を入手する機会を――少なくともこの時は――逃したのであった。




